- ベストアンサー
坂本龍馬の生家は、藩の重役が年始の挨拶に訪れるほどの豪商だそうですが、
坂本龍馬の生家は、藩の重役が年始の挨拶に訪れるほどの豪商だそうですが、 何を、どのくらいの規模で商っていたのですか。 また、どれくらいの財産があったのでしょうか。 龍馬が脱藩しても生家には、なんの「お咎め」もなかったはずですが、 どのような理由によるものでしょうか。 龍馬を「郷士」としてみるよりは、商家の恵まれた次男坊とみる方がよいのではないか、 と思って質問しました。 よろしくお願いします。
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
お礼
要点を早速、ご回答下さいましてありがとうございます。 私は、土佐では「郷士」は、犬猫同然に扱われるほどの屈辱に堪えていた、というような話を聞いたことがありますので、そのように思っていたのですが、これですっきりしました。 龍馬のイメージが湧いてきました。