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尊皇攘夷
今司馬遼太郎の本を読んでいますが、もともと脳のキャパが狭いので少々混乱しております。 幕末~明治維新の時代において、「尊皇攘夷」はひとつのキーワードだったと思いますが、きちんと理解できていないので助言いただきたいと思います。 (1)まず、尊皇攘夷の意味について。 天皇を敬い、夷敵(アメリカなど)を排する事 と理解していますが、あっていますか? (2)幕末において、攘夷派の志士(薩長土)が明治維新を起こしましたが、「尊皇攘夷」を唱えていた彼らが明治維新を成し遂げたあと、「攘夷」であるはずが開国に踏み切ったのはどういう訳なんでしょうか? (3)新撰組の近藤勇も「攘夷」派だったらしいですが、これはどういうことでしょう? 彼のような左幕派も「攘夷」を掲げていたのでしょうか? (4)また、同時代において水戸藩は左幕派の代表として薩長土と戦いましたが、水戸といえば元は「尊皇攘夷」思想の総本山だったのではないでしょうか? いつの間に攘夷志士と戦う左幕派になったのでしょうか? かなり誤解して覚えている部分もあると思いますので間違いを指摘していただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
お礼
回答有難うございます。 尊王攘夷でも尊皇攘夷でもいいんですね。 あせりました(^^;; でもやっぱり私も尊王だったような気がします(笑)。 なるほど、薩長は攘夷に失敗したんですね。 それは知りませんでした。 詳しい経歴はあとで自分で調べることにして、 まずひとつ解決です。 ありがとうございます。 幕府側と尊王側が戊辰戦争で対峙したあたりは新撰組がらみで読みました。 ただ、なんとなく大きな流れがつめないんですよね。 薩長の攘夷撤回→尊王VS幕府→戊辰戦争→明治維新 おおまかに言うと(おおまかすぎますが)こうでしょうか?