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「尚」と「敞」の左側

「尚」と「敞」の左側の違いなんですが、戦前の書物をよむと、尚の上部のところが、八の字、小の字になってたりします。あと、平、と秤の右側部分の平も八の字になってます。 戦前の書物には、八の字の平などよく見かけるのですが、戦後になって八の字になっている尚や平を見かけない気がします。なので、この八の字のほうは旧字というわけなんでしょうか? それとも、戦前でも「平」と八の字の平を両方使っていたんでしょうか。 もしも、ハの平が旧字であれば、なぜソの平に統一したんでしょうか。 字数も変わらないですし。 あと、パソコンでは変換できませんが、ハの平は人名に使ってもいい漢字なんでしょうか。

みんなの回答

  • garamond
  • ベストアンサー率53% (1119/2111)
回答No.2

もともと印刷物に使われる明朝体活字は「ハ」、手書き書体や印刷用の活字でも楷書体などでは「ソ」で統一がとれていました。  台湾は現在でも繁体字ですが、楷書体は「ソ」の形です。  http://stroke-order.learningweb.moe.edu.tw/word_detail.jsp?big5=B4AF&page_n=1&number=24404  http://stroke-order.learningweb.moe.edu.tw/word_detail.jsp?big5=AFAF&page_n=1&number=22322 それで何の不都合もありませんでした。 当用漢字を決めた人たちが、印刷物の字体を学童が教わる書写の字体に合わせるといって、字体を変えたのです。 当用漢字にならなかった漢字は放置されました。 なぜなら今後公式には使うことを認めない字でしたから。 伴、畔←→拌、絆 先般鳩山さんの書いた「絆」を間違いだなどと言う人があったようですが、的外れです。 楷書は昔からあのように書いたのです。 当用漢字が要らないことをした結果、明朝体という一つの書体に二通りの形が併存することになってしまいました。 それに対応するとして楷書体のフォントに明朝もどきが出現しました。 >パソコンでは変換できません 「平」を入力し、ドラッグしてフォントをMingLiUやBatangに替えてみてください。 台湾、韓国は日本の常用漢字みたいなことはしていませんから。 >平、と秤の右側部分の平 この二つは、Vistaで見ている人の画面では同じではありません。 「平」はXPでもVistaでも同じです。 常用漢字の新字体で「ソ」の形です。 「秤」は違います。 XP(標準): 1983年のJISが勝手に字体を変えたせいで「ソ」になっています。 Vista(標準): 2004年のJIS改正で1978年のJISの字体に戻されたので「ハ」になっています。 http://www.asahi-net.or.jp/~ax2s-kmtn/ref/jis2000-2004.html 面区点 1-39-73 JIS 4769 「敞」は第二水準なので、JIS83でも字体の変更はありませんでした。 「蔽」「瞥」は第一水準なので、「秤」と同様にJIS83が勝手に字体を変えましたが、JIS2004でJIS78の字体に戻されています。 ですから、XPでは[敝]の部分が「弊」の形ですが、Vistaでは「鼈」の形です。 上に引いた資料参照 面区点 1-42-35 JIS 4A43 「蔽」 面区点 1-42-45 JIS 4A4D 「瞥」 そういうわけで、今日の混乱・不整合の元兇は当用漢字(常用漢字)、それに輪を掛けたのがJIS83の字体変更と言っていいでしょう。 「平」の旧字体は子の名に使うことはできません。 個人的な見解を述べるなら、 「平」は、明朝体では「苹」の形のまま、手書きでは「ソ」。 (もちろん明朝体そっくりに書いて悪いことはありませんが。) 当用漢字が余計なことをしたため、二種類の使い分けみたいなことが生まれ、 「絆」は[糸]+[半]ではない。 「顰」の上部は[頻]ではなく、下部は[卑]ではない。 等々のばかげたことになってしまったのです。 「餃」の食ヘンは、楷書でも行書でも「飯」のように書いてはいけないなどというのはどうかしていますが、現実に筆書き書体のフォントに明朝もどきが出来ています。 人名用漢字は法務省の管轄になっていっそうおかしなことになっています。 「慧」の真ん中は常用漢字新字体「急」にそろえたが、「彗」では新字体を作らなかった。 したがって「慧」は字形から言えば、「彗+心」ではない。

  • acephale
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回答No.1

旧字というのはあまり正確な呼称ではないんです。 清朝の康熙帝の時代に、『康煕字典』という勅撰の字書が編纂されまして、 皇帝の権威でもってそれぞれの漢字について正しい字体が制定されました。 これを正字といいまして、日本も戦後に当用漢字が制定されるまでは、 公にはこの『康煕字典』の書体の漢字を正統なものとして出版物などで広く採用されておりました。 ところが戦後、占領政策の一環で、軍国主義の象徴ともいえる漢字を全廃すべしという主張が息を吹き返しまして、 その前段階として使用頻度の高い漢字に限って省略した字体が用いられることになりました。 これを当用漢字といいまして、漢字全廃はどうにか免れたものの、 この省略された漢字は常用漢字として定着してしまいます。 こうやって戦後のどさくさに使用頻度の高い漢字に限って一部を省略したり、 必要もなく字体を変形させたものですから、 当用漢字として採用された漢字以外の、 康煕字典体の正字との不整合が生じてしまい、 いったん常用漢字外の漢字を学習しようと思うと、 省略された新字との字体の一貫性のなさに余計に混乱が生まれてしまいました。 本当は正字といってもらいたいところなのですが、 あえて旧字という表現をするならば、 それは当用漢字によって置き換えられた康煕字典体の漢字のことです。 なので、現在の常用漢字外の漢字についてそれを旧字というのは誤りで、 それはもちろん新字というべきものが存在しないからです。 常用漢字というのはあくまで一般に使用してもよい漢字の目安に過ぎないんですが、 人名については常用漢字および人名用漢字のみ使用できるという制限があります。 よって、日常で自分の名前を書くときには八の平を書くことには問題はありませんが、 戸籍に記録される平を八の字体にしてくれというのは通らないようです。