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托鉢
今日、托鉢を見かけました。考えてみれば一度もしたことがありません。 ふと疑問に思ったので質問させて下さい。 1.托鉢をする際、何か作法などはありますか 2.托鉢をしたら何かありがたいお言葉などいただけますか 3.会話をしてもいいのですか 4.相場などはありますか 5.お金以外のものでもいいのですか 6.あなたは托鉢をしたことがありますか 以上です。
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托鉢ですか。 托鉢という行為の本来の意味を知らないとだめですね。 托鉢というのは仏陀への感謝を表す一つの方法ですね。それをお布施の形で仏陀の代理者を通じで行うということですね。その代理人がする行為が托鉢ですね、つまり布施をうける受者ですね。 お布施をするほうを施者といいます。お布施は物でもお金でもなんでもいいのですが現代ではお金でしょうかね。 現代風に言えば托鉢は歩くお賽銭箱みたいなものですね。托鉢ですから仏教の寺院の前にある賽銭箱が歩いていると思えばいいのですね。 信仰ある人は托鉢のおわんにお布施をすることも寺院にあるお賽銭箱にお布施をすることも同じですね。お布施は仏への感謝を表す方法ですから、ありがたくお布施をするということですね。見返りを求めるとお布施にはなりませんね。 托鉢を持ち歩くものも仏の代わりに受けるという訓練ですから透明な心が必要になりますね。施者は布施を通して感謝を深め執着心をとる訓練をし、受者は施者の仏への布施を通じて透明な心になる訓練をすることになるのですね。 これらは心の問題ですからその心をどのように行為に表すかは各人にまかされているのですね。 1. つまり作法はあるようでないのですね。 6. 托鉢、仏の代理で心からの布施を受けると布施を受けたときに背中から透明な風が吹き抜けていきます。 施者の感謝の思いが仏に伝わった感じがわかるのですね。 仏教的には布施は三輪清浄でないといけないといわれます。施者も受者も施物も清浄でないと仏への布施にはならないということですね。 そこまでいかなくとも布施行は心の訓練としては大変良い訓練の一つですね。
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- mmky
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☆ 駅で托鉢をしているお坊さん?を見つけてお布施をした場合 「駅で托鉢をしてきた」というのは間違いですか? ● 間違いですね。「駅でお布施をしてきた」というのが正しい表現ですね。 「駅で托鉢をしてきた」であれば鉢(お椀や器)をもってお布施を受けたということになりますね。受けた施物は仏教寺院に持っていかないと詐欺行為になりますね。 ● 托鉢というのは鉢(はち)にゆだねるという意味ですね。 器である鉢にゆだねるのは布施の真心なんですね。
お礼
再レスありがとうございます。 多分私のように勘違いしている方も多いと思います。 明確になり晴れやかな気持ちです。
- booboox
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「托鉢をする」と言うのは、お坊さんの側?それとも、寄付する側のことでしょうか? お坊さんの側で答えると、 1.作法は、あります。 2.いろいろありますが、「財法二施 功徳無量 檀波羅蜜 具足円満」(ざいほうにせ くどくむりょう だんばらみつ ぐそくえんまん)訳は「物と心の二つの施しは等しく差別なく限りない功徳を持ち布施の智慧を完成します」という意味になります。 など、と言います。 他にも、いろいろあります。 3.原則、駄目です。 4.ありません。 5.原則、良いです。 6. 一般の寄付する側で言えば、 1.特に決まりはありません。 2.上記と同じ。 3.返事は、もらえないけど、短い声をかけるくらいは、良いのでしょう。 4.ありません。 5.良いと思います 6.
お礼
レスありがとうございます。 今度見かけたらお布施をしてみようと思います。
お礼
レスありがとうございます。 勘違いしていたようです。 「托鉢」というのは受け取る側の行為で与える側は「お布施をする」ですか? 駅で托鉢をしているお坊さん?を見つけてお布施をした場合 「駅で托鉢をしてきた」というのは間違いですか?