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点数の取れる人はどうして取れるのか?
人間は、同じように脳みそはなってると思いますが。(気にしない程度に、 点数の取れる人は、なぜそんなに取れるのでしょうか?(800点中700点以上) 何かいい方法があるのでしょうか? 近道はないのは知っていますが・・・・ どうしてそんなにすごいのか、けっこう気になります。
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※以下に書くことは「高校生のお勉強」に限ってのことです。そして当然のことながら、以下の文章は個人的な経験に基づく感想です。偏差値は65くらいで、決してトップではありませんでしたが…。 >点数の取れる人は、なぜそんなに取れるのでしょうか? 1)勉強をする理由がある。 勉強をする理由がある。これはどういうことかと申しますと、勉強をすることで克服したい不幸がある、ということです。昔「キモイ」と言われたことがあったり、とてつもなくデブだったり、貧乏が辛かったり、自分の居場所が見つけられなかったり。コンプレックスとそれを乗り越えること、これこそが思春期の人間を突き動かす大きな力でしょう。若い人間は、コンプレックスに突き動かされるからこそ時には死に至るような大きな冒険ができるのです。若いうちは、不幸な人間ほど、努力できます。 2)完璧主義である。 勉強に限らず、純粋な個人同士の競争において他人よりも抜きんでるためには「完璧主義」であることが必要です。ここで言う完璧主義とは、自分をとことん自分自身の手で批判し、修正を加えていける能力のことです。彼らは自分を自分で痛めつけるので、とても不幸です。いつだって不幸です。しかしその不幸そのものが、彼らに「もっと変わらなければ、もっとよくならなければ」という動機を与えているのです。不幸でなかったら、果たして努力なんてするものでしょうか。 3)勉強をする時間がある。 一日は誰にとっても24時間です。スポーツをやっていようが、オンラインゲームをやっていようが、恋愛をしていようがバイトをしていようが勉強をしていようが。 これは受験という費やした時間に対して効果が伴う仕組みにおいては重要なファクターです。 1)にも少し関連しますが、勉強ができる人間は、勉強以外にすることが無い、もっとはっきり言ってしまうとスポーツも恋愛もできない・していない人間が多いです。友達だって、毎日遊ぶような深い関係を持っていたら勉強なんてできません。全てこなせているように見える人は、表面上だけで浅く広くでしかないか、もしくは何かしらの時間を削っているはずです。 4)勉強にかける金がある。 勉強には金がかかります。予備校、参考書、模試代等、かけようと思えば一年で何百万もかけられます。この金が無ければ、伸びるものも伸びません。別の言い方をすれば、多少不利な人間でも、金さえ積めば一つ上の世界で勝負ができます。 5)勉強ということに関して運がいい。 「人間は、同じように脳みそはなってると思」うそうですが、本当にそうでしょうか。確かに、脳みその形や機能というのはほとんど変わらないと思います。しかしながら、私たちは全員同じ顔、つまり目が二つ、耳が二つ、鼻と口が一つずつ備わっている部分を持っていながらも誰一人として「同じ顔」ではありません。 ですので、顔と同じ人間の一器官である脳みそも、ある意味では万人が同じ脳みそを持っていますが、別の意味では一人ひとり個性的な、まったく別の脳みそをしているわけです。それはつまり、昔ながらの言い方をすれば、運のいい人と悪い人がいるということです。運という言い方がインチキくさくて嫌であれば、才能、と言い換えてもいいでしょう。 ある人は、ほとんど努力しなくても偏差値が上がります。これは一番運のいい人です。 次に運がいい人は、努力をすれば偏差値が上がる人。というか、そもそも「努力する気になるかどうか」だって運(才能)です。 普通はそもそも努力する気にならないし、いくら努力しても点数=偏差値は上がりません。 6)環境が整っている。 脳みその出来不出来というにわかには信じがたい曖昧なことではなく、もっと現実的な面でも運の要素があります。それは環境が整っているかどうか、です。環境というのは、上記の1~5に加えて、特に即物的な環境のことです(だからこそ6番目の理由として独立させました)。 即物的な環境については、以下のようなものがあります。 充分な広さの机はあるか。 英語のリスニングができるMP3プレーヤーは持っているか。 学校の行き帰りに勉強する時間はあるか。 行動範囲内に良い本屋があるか。 等々です。 まとめ 思春期のエンジンである「不幸」と、不幸を克服しようとする行動である「完璧主義」、そして無数の偶然の集合体である「運」。この三つがそろった時、人は初めて勉強で良い点数を取り、良い大学へ行くことができます。 しかしながら、勉強によって掴んだ栄光は、「思春期」が全ての原理を支えていたがために、思春期の終わりとともにどこかへと消えていくはかないものでもあります。そのとき人は、不幸を克服するために不幸を追いかける大冒険をやめて、幸せによって幸せの中に生きる落ち着いた生活に入っていきます。 少なくとも私自身はそうでしたし、大学の友人たちも多くが似たような経験を持っていました(似た者同志なだけかも知れませんが)。 質問者の方がいくつで、どういった環境にいるのかは想像の余地すらありませんが、もし、これから大学受験ということでしたら、ぜひ苦しんで苦しんで苦しみぬいてください。高い所へと登るのは確かにきついことですが、多くの人がたどり着かないような高みからみる景色は、一生の自信と思い出になります。
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- aiueoai
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点数というとセンター試験などのことでしょうか。 色々な考え方があると思いますが、勉強は積み重ねが大事ですがセンター試験程度の問題なら解き方や考え方を身につければ楽に点が取れます。特に択一式なので楽勝です。 例年試験の傾向を考えれば、どのような問題が次にでるか予想できますし、出題される範囲も決まっています。 それなら進学校の指導は、はやめに基礎を身につけさせて(私立などでは高校3年の内容を2年までに終わらせる)、あとは試験勉強を延々やるだけです。特に受験は情報戦といっても過言ではありません。 数学などでは普通に学校で習った公式を使うと5分かかる問題が、センター特有のテクニックを駆使すると10秒でわかることも多々あります。センターは時間と精確さの勝負なので9割以上を目指す場合は学校で習う普通の解き方だけでは難しいのです。 別にすごいわけではありません、小さい頃から延々と試験対策をやり続ければ、基本的に誰にでもできます。方法を知らないだけなのです。
それが能力の違いです。けっして能力は平等ではありません。
お礼
そうですね。 能力ですよね。。。。 でも、能力が原因で。 落ちぶれていく子をたくさん見ましたが。 辛いです。 せめて平等であってほしい・・・・ 無理な話ですが。 それが自然の法則ってやつですね。
- gohtraw
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昔の学生です。ごく普通の公立高校に通いました。幸いにも成績はそう悪くなかったので時々勉強のことで質問を受けたりもしたのですが、その時思ったのは、成績が振るわないやつは ・覚えるべきところ、元になる原理だけ理解しておけばいいところの区別を間違っている ・結果を急ぐ →きちんと勉強していてもその成果を実感できるまでには結構時間がかかります。成果が実感できない時でも「この問題集を全部マスターしたら自分の力は絶対に伸びている」と信じて続ける方がいい結果につながります。焦ってあちこち手を出しても全て中途半端になる公算大です。 →問題の解き方を説明していると、「で、答えは何?」などと聞かれることがしばしばありました。答えは結果に過ぎず、大事なのは過程なのですが。 ・勉強の仕方が身に付いていない →勉強の仕方って、実際に勉強しないと身に付かないと思っています。あるやり方が自分に合うかどうか、本人にしか判らないので。 ・面倒くさがり →自分の考えを自分の手で文字にしていくことって大切だと思います。文字にしていくときにはその内容とか意味を意識せざるを得ないので、書くことによって頭に染み込む(定着する)ような気がします。 以上、とりとめのないことですが・・・。
- soixante
- ベストアンサー率32% (401/1245)
取れる人からすれば、 「なぜ授業でやってる内容しか出てないのに、なぜそんなに取れないのだろうか」 としか思っていません。 関心を持って、楽しんでやってる人が多いでしょう。 一般的にあなたも言うとおり、きちんと積み上げること、学問に王道ナシでしょう。 脳みそのつくりなんて大して変わらないだろう、ということにも同意します。
お礼
皆さんにお礼を書きます。 有難うございます。 まぁ、がんばるしかない。 と言う結論ですね。