• 締切済み

なんで数学、算数が好きなんですか?

以前、「数学を嫌いな理由」の質問は見ました。 なら、数学が好きな人はなんで好きなんですか? 私は、本当に嫌いです。大嫌いだから、高校も数学のない文系の高校に行きました。それくらい嫌いです。いくら先生がていねいに教えてくれても全く意味が分かりません。答えを見せられても答えがどっからどこまでが答えかも分かりません。中学の時に数学の時間に貧血で倒れました。頭がショートしてしまったみたいです。 それなりの大学も出てますが、掛け算はうっすらしか覚えてません。なんで嫌いなの?って聞かれたら、小学生時代に掛け算がおぼえられなかったからとか、そういう甘いものではないです。当時は覚えてました。でも、高校時代に全く数学をしてないので忘れました。本当に意味が分からないのです。なんで普通に社会に出て何にも役に立つことのない、数式とかこんなことをしないといけないのかという反発心もあるのかもしれませんが。 だから、数学が好きな人の「好きになった理由」というのが聞いてみたいです。「ただなんとなく好き」とか言う答えではなく「こうこうこういうことで好きです」みたいな意見が聞きたいです。 ちなみに私は社会人ですので、「数学、好きになって下さい」という励まし?もいりません。数学好きな人の好きな理由が素直に知りたいです。 私の真逆な人の意見が聞きたいだけです。好奇心です。。数学嫌いの私の素朴な疑問なんです。 そんな私に答えてくださる方、お願いします。 PS・・ノーベル賞を取った田中さんを見て、数学っておもしろいのかな?と少しは思ったので、こういうことを聞いてみたくなりました。

みんなの回答

  • keiri2002
  • ベストアンサー率34% (46/134)
回答No.19

私にはninimakyuさんが数学嫌いとは思えませんね。文章の端々に数学的な考えが読取れますし、本当に数学嫌いなら、こんな質問もされないでしょう。 数学はいわば宇宙共通の言語と言ってもいいのではないでしょうか。 数学は宇宙そのもので、宇宙が存在から数学も存在し、数学を理解することは宇宙を理解することだと思っています。 私自身少しでも自分が生きている『この場』というものが何なのか知りたいと思うわけです。

  • tbrown
  • ベストアンサー率26% (154/587)
回答No.18

今は小学校の掛け算(九九)に費やす時間が、昔より極端に減っているので落ちこぼれ率が高くなっているそうです。 あなたが数学嫌いになったのも、これまで良い教師に出会えなかったのが最大の理由だと思います。 ただ世の中では数学が無いと生きていけない仕事もありますので確実に役に立っているものです。 現にここへの書き込みに使うパソコンや、通信回線、TV、ラジオ、電化製品、車、家やビルの建築等、数学がないと成り立たないものは多いと思います。 が私としては、数学が嫌いな人の気持ちも判らないではありませんし、批判するつもりも全くありません。 数学の必要のない仕事もいろいろありますし、そういう道へ進めば特に不自由は無いと思います。 アインシュタインが近所の算数嫌いの子供の宿題を、しょっちゅう解いてあげていたのは有名な話です。(数学ができなくても、できることはいろいろあると考えていて、宿題を解いてやることでその子の性格の歪みを無くしてあげた方が、より良いと考えていたようですね。)

  • akibo
  • ベストアンサー率22% (2/9)
回答No.17

数学嫌いの最前線?で働く、中学の数学教師です。 なぜ好きかと言われれば、好きだからとしか言いようがないですが、計算のように決まった手順通りにやれば正解にたどり着くというのは楽しみがないです。初めてみた問題の解答を考える、その創造性がなんともいいです。すいません、自己満足な解答で。 で、最近おもしろい話を見つけました。数学のもっとも数学らしく、数学嫌いの人が一番嫌う証明問題について。「証明は民主主義だ」下記URLです。とても面白いので生徒にも、さも自分が考えたかのように自慢げに話してしまいました。 他にも「二次方程式は人生の見方を変える」 二次方程式は二次式を因数分解して解を得ますよね。これは二次式のままでは考えにくいものが、因数分解して一次式の積にすることによって、考えやすくなると言うことです。 で、人生でもどうしたらいいのかわからないときに、見方や視点を変えることによって、物事の本質が見えてくることがある。っていうこじつけ?ですが、なるほどな~って思います。

参考URL:
http://www.rd.mmtr.or.jp/~bunryu/syoumei1.shtml
  • sai1958
  • ベストアンサー率20% (3/15)
回答No.16

私も数学は好きです。 その理由は、すでにたくさんの方から出ているので、特に申しませんが、一つだけ・・・ >なんで普通に社会に出て何にも役に立つことのない、数式とかこんなことを >しないといけないのかというだけ・・・。 数学に限らないと思うのですが、「社会に出てから役に立たない」のではなく、「解らない」ので「社会に出て、本当は役立てる場面があるのに、それに気づかない、役立てることができない」と言う側面があります。 回答になっていなくて、しかも、偉そうなことを言って申し訳ございません。 ひょっとしたら、・・・・・ こんな、一見、生活には役にたたなさそうでも、ちょっと考えてみたら、こんな所にも数学があった!なんてことに気づいたから、好きになったのかもしれません。

ninimakyu
質問者

お礼

本当にたくさんの方にお返事いただいてすごく嬉しいです。 皆さんにお礼が言いたいのですが、想像以上にたくさんの方にお返事いただきましたのでこれをみなさんへのお返事とします。ワガママですいません。。 「数学、算数は社会に役に立たないことはない」とほとんどの方が書いてあるのに正直、びっくりしました。そうなんですね・・全く気がつきませんでした。 こんなにみなさんが数学、算数を好きだと言ってくれているのですが、やっぱり私は数学、算数は「苦手」です。「嫌い」ってそう簡単に言ってはいけないかな?と今回思いました。 ところで、「どんな人」の欄が「経験者」となってる方々は数学の先生だったりするのですか?ちょtと素朴な疑問だったもので・・・。 ともかく、今回たくさんのお返事ありがとうございます。 もう少しこの質問を閉じずに残しておこうと思いますので、 数学、算数が好きな方の意見を聞いてみたいです。。 今回、レスをくださった方、本当にありがとうございました。

  • Keronpa
  • ベストアンサー率50% (5/10)
回答No.15

世の中の様々な問題に対して解をみつける場合、数学的なアプローチは、諸条件が一定状態であると仮定し、問題を単純化して原因と結果とを対応させることができるため、誰がその問題を解いても同じ結果が出るはずだし、出なければ何か仮定に問題があるはずなので他の条件を動かしてみる、という風に構築的な議論ができるところがいいところです。  文系の学問は暗記だというのは理系の人の勘違い(もしくは不勉強)だと思いますが、文系の学部では諸条件の仮定を確認しないまま「理論」が打ち立てられたりすることがしばしばで、原因と結果の対応関係に関する推論の真偽を確認しないまま「およそこうだろう」とか、「ほとんどこうである」といった言辞で誤魔化したりすることがよく行われるので、学問としてあまり健全ではないと思います。

回答No.14

うん、わたしね、小芋のぬるねばどうも食べれないの、なのにねぇ、とろろのぬるねばは好きなの旨い。なんでだろうね?喰わず嫌いかもしれないし、まだ、旨い小芋と出会えてないだけなのかもしれない。いやいや、それ以前に、これまでに口にした小芋で、小芋とはこんなんだ、って思い込んでるのかもしれない。そのせいか、テ-ブルの上の皿に小芋が盛られていても箸が伸びないのも。ぬるねばが嫌というのではないのかもしれない、手を伸ばさない理由を「小芋のぬるねば」のせいにしていること「こんなもんだ」とおもう気持ちに僅かながらの後ろめたさを抱きもっているからかもしれない。 ものの不思議ではないんだけど、なんだかんだつきつめたら、「好き」「嫌い」この二者がずど―んとツインタワ-のように立ってるのかな?人のこころの内に。 でね、数字を「好きになった理由」は、なんだろ? いや、はじめは小芋のぬるねばとさほとかわらないほどジンマシン痒い、痒い、と、いいだすごとくに数字をみただけで勘弁の口だったのわたし。ちなみに、社会の授業がことのほか小学校の頃から好きだった。うん、担任の先生が社会が専門だったのかどうかはよくわからないけれど、教科書に載ってないようなお話を授業中に物語を読み聞かすようにお話してくれてたんだ。中学・高校にあがってもなんかしらないけど、社会科の担当の先生よく似たかんじの話し好きがおおかった。で、それはさておき、お話はちっとも計算問題とかはでてこないんだけど、ふと、あれ?なんかしらないうちに頭の中で計算してるんじゃないかとおもったときがあったの。歴史の話でもそうなんだけど、いまではない時代のことを文献なり資料なりからイメ-ジ膨らませて回想したり、回想してあがってきたイメ-ジと今の時勢に照らし合わせて考えたりと足したり引いたり掛けたり割ったりと知らず知らずのうちに計算してるんだ。こと、数字や計算式を前にするとジンマシン痒い、痒い、というかんじに勘弁となるのに、なんなんだろうこれは?みてくれが変われば意識も変化するんだと、「好き」「嫌い」、喰わず嫌いにハッとさせられる瞬間でもあったかな。それからかな、逆に数字がおもしろい!って強くおもうようになったのは。それから、他の教科を眺めなおしたら、なんてことはない、どれもこれも表現方法なり方法論的なものの違いこそあれ、差ほどおおきな差がないんだとおもえてきた。「好き」「嫌い」って、なんかのひょうしに変換(入れ替わる)可能な要素をもってるんじゃないかな、何がきっかけで「好き」から「嫌い」になるのか、「嫌い」から「好き」になるのか一つ一つの事象によってもみていかないと、これはこうだ!とは、ひと口には難しいな。 ほでもさ、ことばだけとか数字だけとか数式・記号だけとか図・形だけと、どれかひとつだけでは成り立たないとおもうんだ。重なり合ったものがあるとおもうんだ。その重なり具合が「好きな理由」かな。うん、重なり具合を紐解いていくなんかかんか「おっ!」っと思えることに出会えるから。これがたまんなく、おもしろい!不思議、不思議、大発見! 身近な不思議いっぱいあるんじゃないかな?

  • nubou
  • ベストアンサー率22% (116/506)
回答No.13

女は脳の構造が論理野と感情野の連絡が密なので感情に流されがちなので脳を論理に集中させることができず数学が嫌いな人や不得意な人が多いのです ふぃーるず庄やノーベル賞が取れないのはそのためです 男の脳は論理野と感情野の連絡が疎なので感情は感情、論理は論理と区別することができ脳を論理に集中させることができます だから数学が好きであったり得意であったりするわけです またy千色他意は幾何学的に物事を考えるのに重要な働きをします 女がy千色他意を持っていない異常数学ができないあるいは嫌いなのは致し方ないのです

回答No.12

数学、算数好きです。得意ではありませんでしたが、そこそこ出来ます。 好きな理由は答えが一つしかないからです。 国語は答えが一つではないから好きって聞きますが、そんなわけないじゃないですか。ならなんで国語のテストにも間違いがあるんでしょうか。漢字とかは間違えても仕方ないですが、文章問題は納得いきませんでした。だから大嫌いです。 そんなわけで数学好きです。

  • neumann
  • ベストアンサー率39% (900/2303)
回答No.11

数学はそれなりに好きでした。確かに高校レベルになると数学は難しくなってきます。 しかし答えを求める過程を頭の中で試行錯誤し、その結果スマートな解答がでたときはうれしいものです。やりがいを感じます(^^; 世の中には数学は嫌いだけど英語や国語が好きと言う人もいるでしょう。しかし私はこのような文系科目はただ暗記するだけなので私にとってはつまらないものです。問題を解くやりがいが感じられないというか・・・ ちなみに社会に出てからも数学は必要ですよ。 数学は理系科目の元となるものです。つまり工学系や理学系の学問をやるためには数学は必須です。社会に出てからもそのような仕事をする人だってたくさんいます。 私は現在エンジニアをやっているので数学は必須です。(厳密には工学が必須であり、そのためには数学も知っている必要がある) 結局数学が嫌いな人って、「物事を順序だてて考えること」や「頭の中で色々な解法をシミュレーションする」ことが苦手な人だと思いますよ(^^;

  • liar_adan
  • ベストアンサー率48% (730/1515)
回答No.10

大学では数学をやっていました。今はあらかた忘れてしまいましたが、 やっている間は面白かったです。 数学は、数百億年前の宇宙の始まりから、数百億年後の宇宙の終わりまで、 いや、始まる前からも終わった後でも通用する知識です。 学んでいるあいだそれを思い、感動したものでした。