〔結論〕
「途中、問題はあったが首尾良くいった」は誤用ではない。ただし、上手い表現でもなさそうだ。
〔解説〕
(1) 詳しい大きな辞書(たとえば『日本国語大辞典』小学館)を引けば分かることだが、「首尾一貫」の首尾は「始めと終わり」、「首尾よく」の首尾は「結果」の意味である。したがって、例文中の「途中」と「首尾」とは矛盾せず、誤用ではない。
(2) 「首尾良く」が不適なのではなく、「いった」を変えた方がいいかも知れない。『類語例解辞典』(小学館)に「困難な状況を首尾よく切り抜ける」という用例が載っている。同様に考えて、「途中、問題はあったが首尾良く切り抜けた」としてみよう。
要するに、「いった」の主語は何? という話なのだ。もちろん、日本語は主語を省略していいのだが、省略されている主語は何か。「首尾良く」は副詞的に用いられる。「問題」が主語ではない。「問題」が「首尾良くいった」ら矛盾だからである。たぶん主語は「結果は」などだろうと思うが、それが省略され、文中にあるのは「問題」なので、表面上、矛盾を醸し出してしまう。「問題」、「結果」はともに無生物である。
これに対し、「首尾良く切り抜けた」と表現すれば、主語は誰か人間で、無生物の「問題」と明らかに異なるので、混乱を来たさない。
(3) 偉そうなことを言うつもりはないが、ご質問者は「釣られやすい」癖があるのかも知れない。「首」「尾」という文字面(もじづら)に釣られて、「首尾良く」を「初めから終わりまで良く」の意味だと思ってしまう。また、「首尾良く」を気にするあまり、すぐ隣の「いった」に注意を払わない。