• ベストアンサー

中世の交通と伝達手段について

青池保子さんの「アルカサル外伝」には、カスティリアのドンペドロ王の時代のお話ですが、カスティリアの修道院からドイツの修道院の連絡に伝書鳩を使用しています。 数日でドイツにつくとしています。 また、ドイツからカスティリアへの移動に、陸路ではなくて船を使ったらはるかに早く到着した、ということになっています。 この時代に、修道院に伝書鳩は存在していて、本当にドイツスペイン間を次々にリレーして行くことができたのでしょうか? また、船でドイツスペイン間を行くとなると、北海に出て大西洋までぐるりと回っていくか、河でオランダ、フランス方面に出てスペインまで大西洋を通って行くことになると思いますが、そういう交通路は発達していたのでしょうか? それとも作者の創作なのでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • Mumin-mama
  • ベストアンサー率45% (1140/2503)
回答No.4

>修道院は中世では、同宗派間のネットワークや巡礼者などからの情報入手で、豊富に情報を持っていたそうですが、本当に伝書鳩を飛ばして情報を集めていたのでしょうか? 中世ヨーロッパでは修道院と城の間の通信網として伝書バトが使われていたそうです。(下の漫画しか見つかりませんでした。) http://www.mosapedia.de/wiki/index.php/Bild:Taubenschlag_im_Kloster_Citeaux.JPG 修道院のはと小屋 http://www.michaelkielhorn.de/bilder/b129.jpg http://www.saarpfalz-kreis.de/bilder/reportage_tourismus/IMG0019_rdax_201x195.jpg 公園で見かける一般的なハト小屋(中に擬似卵を入れて、野バトが増えないようにしています。) http://images.google.com/imgres?imgurl=http://www.suika.de/taubenhaus1.jpg&imgrefurl=http://www.suika.de/taubenhaus.htm&usg=__jbZx0HIeJw8vayAaGq0ooPQ5GTM=&h=600&w=413&sz=109&hl=de&start=37&sig2=6Lk_cTE2hJdFfDpUPvNW9Q&um=1&tbnid=HnM1j94ewv02HM:&tbnh=135&tbnw=93&prev=/images%3Fq%3DTauben%2BHaus%2B%2Bfoto%26ndsp%3D18%26hl%3Dde%26rls%3Dcom.microsoft:de:IE-SearchBox%26rlz%3D1I7GPRE_deDE287%26sa%3DN%26start%3D36%26um%3D1&ei=Y6vISZDCA42a_AbouNX3Dw また、伝書バトはヨーロッパアルプスも越えることが出来るそうです。 伝書バトの時速は平均で55km/1Hで、9時間持続して飛ぶことも、海の上なら1日1000kmこともあるそうです。 神聖ローマ時代は現在のドイツからバチカンまで皇帝が自分の家族を含め数万の行列を組んでアルプス超えをしていますし、巡礼者や修道士などの移動感覚は現代人にはチョッと想像を超えていると思います。 また、中世では修道院は今の大学の様で、薬草の研究、ワインやビールの酒造、病院、教育、芸術、文学その他色々。 学術的役割を果していました。

kateliz
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 ヨーロッパの修道院や修道士は、日本的な感覚だと世を捨ててお祈りだけしている清らかな人々と思ってしまいますが、実は政治的に大きな力を持っていたし、経済活動も盛んにして財産を増やしていたし、学問的にも社会的にも影響力を持っていたのですよね。 中世からすでに情報伝達の手段を持っていたとはさすがというべきでしょうか。 鳩ってそんなに長距離を迷わず飛べるなんて、利口なんですね。

その他の回答 (3)

  • hamaendou
  • ベストアンサー率35% (120/336)
回答No.3

僧院では鳩小屋というより 日本で言えば灯台の小型の ようなかなり確りした石造りの 物が有りました。 鳩は食料としての飼育もされ ていました。 この鳩の奇数本能を利用して 富豪になったのがロスチャイルド家 と言われています。 情報を制する者は世界を制すとなった 典型と思います。

kateliz
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 鳩は日本よりも欧州のほうがいろいろ役立っているようですね。

  • Mumin-mama
  • ベストアンサー率45% (1140/2503)
回答No.2

伝書バトの歴史は紀元前5600年からあるそうです。 http://www.brieftaubenring.de/geschichte.htm 古代ギリシャでは船のオリエンテーリングとしてハトを使ったそうです。(ノアの箱舟で白いハトがオリーブの枝をくわえて来る様なことだと思います。) また、エジプトのPharao Ramses II (1324 - 1258 v. u. Z.) 、シーザーなどの古代文明やナポレオンのウォータールーの戦いでは伝書バトが使われていたそうです。 何箇所か駅の様に中継地をつくってリレーして飛ばすことも可能だと思います。 ドイツでは今でもスポーツとして伝書バトを飛ばすのがあります。 http://images.google.com/images?q=Brieftaube+Transporter+foto&rls=com.microsoft:de:IE-SearchBox&oe=UTF-8&sourceid=ie7&rlz=1I7GPRE_deDE287&um=1&ie=UTF-8&ei=wNzHSYKSEdeOsAaciKmECw&sa=X&oi=image_result_group&resnum=1&ct=title 写真のような大型トレーラーで移動して家まで飛ばせます。 また、スペインのカスティリアが何処にあるのか分かりませんが、大西洋をオランダに北上して、ライン川を上ったりするのも可能です。 西ヨーロッパではローマ人が陸路、河川路を開いていましたから、河川はその頃から重要な交通路でした。

kateliz
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 伝書鳩は使われていたのですね。 平地ならともかく、ドイツスペイン間だと、ピレネーを超えて、アルプスを越えなければならないです。 鳩のリレーをつないでいくとしても、そういう難関地形を鳩は迷わずに飛んでいけるのですか? 中世に既に長距離を伝書鳩で飛ばすことができれば、そういうシステムを持っている組織は、ヨーロッパ全土の情報を素早く入手できますね。 修道院は中世では、同宗派間のネットワークや巡礼者などからの情報入手で、豊富に情報を持っていたそうですが、本当に伝書鳩を飛ばして情報を集めていたのでしょうか?

  • nacam
  • ベストアンサー率36% (1238/3398)
回答No.1

カスティジャのペドロ王ですと、14世紀中ごろの話かと思います。 伝書鳩に関しては分かりませんが、海路は発達していました。 ハンブルクから、ブルージュ(現在のベルギー)にかけては、ハンザ同盟の定期航路になっており、ブルージュからサンタンデール、コルーニャ(現在のスペイン)、リスボン、さらには地中海にかけては、ベネチュアの定期航路になっていました。 航路は、ドーバー海峡、イギリス海峡、カンタブリア海を通っています。

kateliz
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 海路はすでに発達していたのですね。 でも、そういう船に乗船するのはお金持ちだけで、一般庶民には乗れない金額だったのでしょうね? 書いていただいた航路だとドイツスペイン間は何日くらいかかるのでしょうか? 2-3週間は必要?もっと短いですか?

関連するQ&A