簡単に言い切ってしまうと、2つの巨大な力の前に、他の地域は声を出せなかったから。
同時にどちらもイデオロギーという宗教を頑固に信じた。(あるいは信じようとした。)つまり自由が先か平等が先か。でも、キミのいう古典的リベラリズムの枠に入らない要素、つまり経済=市場の力に負けちゃったという所。
だからあのときの秩序というのは、それぞれのイデオロギーにもとづいた人気投票といった側面がある。つまり膨大な民間援助や軍事支援。こういった投資による開発支援。さらにはコーヒー協会といった一種の組合による囲い込みと資金援助。
それもあって各国それぞれの体制に組み込まれたようで、その実やることが結構ばらけている。インドなど両陣営から支援を受け、中国はAA会議と称して、こっそりアフリカへの関わりを深めていた。とはいえ両陣営の力がいろいろなトラブルをおさえていたのも事実。
最近に日本の島嶼部でのトラブルなどは最近のこと。以前中国漁船が広域に進出した時、それをおさえたのが当時のソ連太平洋艦隊。
今になって思えるのは、過去の領土の広さが国の力という考えに取り憑かれた結果かとも思える。
だから試験か論文用だと思うが、もうすでに古典的リベラリズムが方法論として役に立たなくなっていると思う。私の戦略論でも、領土間での競争状態は今後意味をなさなくなると思う。本来人類の歴史においても、これまでの方向は争いを拡大するのではなく、安定した秩序を目指していることは疑いようもない。そもそも競争を中心に考えることが間違いの大元だろう。