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北海道の農業は本州のとどこが違いますか?
今日、「北海道の秋」という文章を読みました。その中に北海道の「畑の畝の立て方から、種のおろし方、苗の育て方に始まって農業の技術も本州とは著しく違っている」とがあります。具体的にたとえば何がどういうふうに違うのか、興味を持っているが、北海道について詳しく知らないため、よくわかりません。そして、北海道の人の主食はやはり米ですか?水田が美深まで開墾されると文章に書いてあるが、今もそうですか?1955年書かれた文章ですので、今はもうずいぶん変わっているでしょう。 お答えを楽しみにしています。ありがとうございます。
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1955年、昭和30年ですと、土地造成に大分機械が入っており、北海道では広い土地をブルトーザで開墾して綺麗に整った水田が見渡す限り広がっていたでしょう。まだ内地(北海道民の本州他の呼称)は畦が曲がっていたでしょうから、さぞかし異質に感じたかと思います。 水稲ですと、その頃本州ではまだ苗代(湛水した水田)で苗を育てて移植するのが一般的でしたが、北海道では畑苗代(今一般的に行われているハウス内での育苗)になっておりました。 (以上 参考文献 北海道の稲作(北農会)) 現在(2008年)では、程度の差はありますが、全国津津浦々で農地整備がなされ、また、方式も地域差はありますが大きな差は無く、耕作における北海道と内地の差は殆ど無くなりました。 また、田植機が普及し始めたのが1970年頃で、それまでは移植は全面手作業、収穫もまだ手刈りが主流だったでしょう。こちらについては全国的に全面的に変わっていますね。 なお、現在北海道の水稲は、美深が内陸部の北限、北海道全体では日本海側の遠別町(北緯44.5度)で恐らく水田としては世界一北との事です。 米に対する執念はすざまじく、入植初期は欧州型畑酪耕種を政府は推奨していましたが、稲作を試みる者が後を絶たず、最終的に日本人から米を取り上げるとは何事だ、という一喝の後、稲作が広がっていきました。
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- usokoku
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1955年、昭和30年頃として 気温・地温の違いです。本州の農法では、収穫が見こめません。 本州ですと、地域にも寄りますが、3-5月に畝を立てますが、北海道の場合には、この時期はまだ雪が残っています。ですから、融雪剤として本州ではあまり行われない堆肥の散布が行われます。 「種のおろし方」、私は「おろし」という言葉を知らないので回答不能。 苗ですが、北海道では6月頃、本州では定職が終わった頃になります、に種をまいて育て始めます。 本州の冬作作物を春から作付けを開始するという農法になりますのでかなり異なります。 えりもの人工砂漠に代表される、下手に木を切って開墾すると、砂漠化する(表土が冬の風で飛ばされて肥沃かしない)という現象に悩まされました。 >主食はやはり米ですか? ジャガイモと豆です。 >美深ま どこかわからないので回答不能。1970年代にはオホーツク海沿岸とその周辺を除くと、一応作付けは可能になりますが、霧が多い太平洋岸は収穫が見こめません。 北海道の農法は札幌在住の同級生から聞いた情報が主体です。つまり、同級会で酒を飲みながら聞いた花しなので間違っている場合があります。