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小4の息子の国語の勉強をみてやるのも限界で
漢字がとても苦手、本読みも好きでなく、毎日いっしょに反復練習をしたり、読み聞かせをしたりするものの、親から無理やりやらされている意識が強いようで、あまり身につかないように思います。 私も仕事をもっていて、ただでさえ疲れているところに、息子の勉強をみるのも最近はつらくさえなっています。同じ部屋で、私は息子に声かけしながら、私もまた自分の勉強をしている状態なのですが。 叱るまい、と思いながら、ついつい叱ってばかりいる毎日に、自分も疲れますが、本人のためにもなりませんね。 国語だけでも専門家に任せて、熟通いを考えています。感情的に叱ることもないでしょうし、本人も漢字など身につくことがまたほかへの様々な自信ともなるような気がして。 ずっと、家でみてきたのですが、ちょっと私のほうが限界かな、というような。どうしたらいいでしょう。
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- HANANOKEIJ
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「リトル・トリー」フォレスト・カーター著、株式会社めるくまーる。 を読んでいます。今日も、105円で「リトル・トリー」を買ってしまいました。何冊もっているかわかりません。好きな本は、4,5冊持っています。絶版になりそうなときは、買い占めます。「リトル・トリー」を読んでみて下さい。必ずnono1001さんの「心の積荷目録」の1冊に加えてもらえる自信があります。 NHKブックス「小説入門としての高校入試国語」石原千秋著、読んでください。9月15日以来の金融危機、経済危機、世界恐慌の情勢から 資本主義社会の経済法則を解明した「資本論」に挑戦しようと思っています。経済学の法則、定理はむずかしくても、文学作品としての「資本論」なら、読めそうです。聖書、ダンテ、シェイクスピア、セルバンテス、ギリシャ神話、ローマ時代の詩人と引用作品が世界文学全集から、ひろく採用されています。 読書の秋をお楽しみください。食欲の秋、満月を見ながら、栗を食べたり、風流を味わってください。
- HANANOKEIJ
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今日は、小学校の運動会でした。といっても、子供は成人してしまい、家でごろごろしていました。夕方、父親と近所の土手を散歩しました。 「日本晴れ」快晴のとても気持ちのよい散歩でした。 さっき、NHKBSテレビで「学校」という映画を見ました。学生時代に読んだ「教育とはなにか」矢川徳光著、を思い出しました。 日付がかわって、秋分の日になりました。お彼岸の中日です。 いよいよ秋本番です。読書の秋、スポーツの秋、食欲の秋、収穫の秋です。こどもたちは、勉強に励み、おとなは、労働と選挙です。 人間には、ひとりひとり、もって生まれた「役割」があります。それに早く気がついて、自分の道を歩き始めると、親は少し安心します。 今は、子供の手がはなれ、親と人生の最後をまっとうできるように、私にできることをするだけです。生きているうちに親孝行のまねごとでもしておかないと、死んでからはご飯も一緒に食べられません。 親子とは、コピーのように似るものですね。父も私も気がつきませんが、母が「あんたたちはそっくりじゃ」といいます。大抵よくないところがそっくりなのでしょう。 読書を「心の積荷目録」といった哲学者がいました。「教育」は、親子、孫、ひ孫と数世代にわたる大事業です。家庭の文化です。 8年は、あっという間です。毎日が、かけがえのない日々です。濃密にお過ごしください。
お礼
有難うございます。 次男はプリント学習をしているのですが、これまで私が決めたところをやらせていました。それを今月残りの分は本人に任せています。そうしたら、ちゃんと今月中に終わるように本人なりに考えて、今日も仕事で留守していたのですが、言わずとも今日の分としてやっていました。私は○つけして、間違ったところを伝えたり、質問に答えたり。必要あれば辞書を引かせたり。勉強のこと、まだ考えていかなくてはいけないと思いますが、今ここで答えを出すのはまだいいかな、、なんて最近思っています。 親のこと、これはまた私にとり課題となりそうな。親が嫌いなんです。 表面はうまく取り繕っていますが、、、 親を否定することは自分自身の存在を否定することですものね。
補足
書くところがなくてこちらで、、。 夕べは長時間勤務で疲れていたうえ、母との電話のやりとりで嫌な気持ちになっていたので、そんな気持ちのままのお礼になってしまいました。失礼しました。 子育ては、あまり向き合いたくない自分と向き合うことも時にあって(忘れていたことをふっと思い出すとか)、子どもを育てながら我が身をまた育てられていくのだということを思いながらの14年になります。 あらためて有難うございます。
- HANANOKEIJ
- ベストアンサー率32% (578/1805)
小学校の担任の先生に相談してみてください。教育のプロですから。 No.7の回答者様がおっしゃるように、子供が自発的に勉強に向かい始めたときがチャンスです。親は、あの手この手で、子供の特性をみきわめたり、興味、関心をさぐったりしながら、よいところを見つけて、伸ばしてあげるしか方法がありません。 もう成人した子供が、中学3年の無理数の勉強をしています。初めて無理数を勉強するらしくて、教科書にのっている、古代バビロニアの粘土板に書かれた正方形とその対角線を説明します。500km離れているので、電話代がはねあがります。手元の本の裏表紙に、その粘土板の写真がのっていました。あとは、電話で聞いた足し算をして、ルート2の値がでてきました。一緒にいるときは、取っ組み合いのけんかをよくしました。娘ですが。今はやさしくなりました。 3歳、10歳、14歳の発達の節というのは、岸本裕史の本ではなかったかもしれません。 秋葉英則さんの「向かい合い子育て」だったかもしれません。ごめんなさい。「中学生の心理が見える」秋葉英則著もいつか読んでください。 私の読み聞かせは、「ほるぷこども図書館」でした。 nono1001さんが、たのしい読書をしてください。椋鳩十の児童文学や、赤毛のアン、福音館の古典童話など。 息子さんが「小先生」になって、お母さんに学校で習ったことを教えてくれると、立場が逆転します。少々間違ってもいいでしょう。教えるということが、大変なことだとわかるでしょう。もちろん、気持ちのよい(快感)ことでもあります。そのなかで、息子さんが、自分で「学習したこと」を自分なりに再発見するのです。「わかった!」という感動を何回かくりかえすと、もう自分で勉強するようになるかもしれません。 お母さんは、上手に聞いてあげてください。 剣道では、打ち太刀と仕太刀(型の稽古)では、上手な人が仕太刀(受けるほう)になります。 息子さんも、5年生になると、しっかりしてきます。家庭の仕事を頼んだり、頼りにしていることを伝えてください。 18歳まで、一緒に暮らすとして、あと8年です。毎日が、かけがえのない日々です。もしかしたら、nono1001さんのご両親は、上手にnono1001さんの力を引き出して、子離れをしてしまったのかもしれません。まさに達人です。
お礼
再度、有難うございます。 秋葉さんですが、公演を聞いたことがあります。とても印象に残った言葉があって、「子どもに勉強をしなさいということを言わないでいると、子どものほうからやるようになります」ということでした。当時は本当に感銘を受けて、こうして子どもを育てようと思った、、、はずなのですが。岸本さんの本ですが、節目とはもしかして別の本なのかもしれませんが、多くのことを考えさせられて、この本も親のためというのか、私のためになる本です。基本的な家庭生活こそ大切、というようなことが書かれています。そして今、国語力を伸ばす、という本をよんでいます。 昨日も、私の師である人と話するなかで人生の節目についての話を聞きました。そのときは、今はまだあせる必要は何も無いと思ったのですが、テレビを見ながらゲームしている子を見て、本当にあせらなくていいのかなーと一抹の不安を・・。ただ、先日読み聞かせた本がすごく印象に残ったらしく、「すごく面白くて、昨日ずっと読んでいたよ」と今まで聞いたことのないことを言うので内心びっくり。以前は毎日のように本を読んでやっていたときもあったのですが、今は下の子レベルになってしまって。でも、下の子はわりに上級生向きの本でもついていけて、字さえ分かれば自分で読んでいるので、ここのところ二人一緒に読み聞かせています。 福音館の本、私もとても好きで、子どもたちがもう少し幼いころには毎月定期購読で送ってもらっていました。それ以外にも、すでに発刊されている本を買ったり、ブックオフで100円で出ていたりして(なぜこんな良書を出すのーと思うのですが)見つけてはせっせと購入して、福音館の絵本は我が家にかなりあります。 もっと子どものもつ力を信頼して、「親」という字のごとく少し離れたところから、子どもの全体をそっと見てやれればよいのですが、そばにはりついて、あれこれというようでは子どもも嫌になりますよね。 無理数のお話、要は自分で考えを見つけるところから勉強をいっそう興味もって出来るものにさせるんですよね。 いったい自分は子どもをどうしようとしているのか、、、こうして書きながら、考えています。
- bid0169
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失礼ですが、「今からじゃ遅い」などということは、何事においてもないと思います。勉強も出来るにこしたことはありませんし、学歴なども重要だとは思います。しかし、それが全てではないのだから、当たり前だと思います。お子様の例で言えば、仮に中学受験で失敗したならば、高校受験でリベンジすればよいし、高校受験で失敗したなら、大学受験でリベンジすればよいし、大学受験で失敗したなら、浪人でリベンジするなり、長い人生の中で学歴にも勝るものを手にいれればいいだけの話だと思います。ただ、勝ち組・負組みなどいうくだらない言葉が流行る現代では、そのくらいに思える私のような人間は少数派かもしれません。しかし、基本部分は間違っていないと思います。それに例えば、私の知人にも48歳で医師を志し、寝る時間を惜しんで勉強し50歳で医学部に入られた方もいます。また、70歳で法曹(弁護士等)になるため、法科大学院に入学された方もいます。すなわち、人生において本人がやろうと思った時がスタートだと私は思うのです。(これは私たち大人にこそ言えることかもしれません。) 公文については、確かに単調な繰り返しです。私の場合は、もうじき中学生というのに、数学(算数)のみ、足し算から始めました。確か、小学2年程度の部分からです。小5位から始めて良いと言われましたが、あえて計算の基本の基本からやりたい、と思ってそうしました。もしかしたらそれが良かったのかもしれません。 ところで、私の視点に個別指導の塾が抜けていました。失礼しました。しかも、若輩者である私が色々と偉そうに言ってしまい、申し訳ありませんでした。最後にお詫びさせて頂きます。
お礼
丁寧な回答を有難うございました。 次男の漢字の総テストがあって、集中してすごく勉強をしたので(あらかじめ出題が分かっている50題)満点をとり、また塾をどうしようかと子どもと考えていました。つまるところの?理想と現実なんですねー。私も子どものために何がベストなのか、無理に塾に行かせることではないことがよく分かっているけれども、中学の息子が「行くなら今から」という、それは本人の経験からでもあるんですね。でも、人それぞれだし、、、。迷い、周りに相談するほどに本質というのか、自分が本当はどうしたいのか見えなくなってきます。
- HANANOKEIJ
- ベストアンサー率32% (578/1805)
岸本裕史「見える学力、見えない学力」という本をさがして、読んでください。 3歳、10歳、14歳、人間の子供の発達の節目があるそうです。 私は、子供が生まれたとき、絵本のセールスをしていました。誕生と同時に300冊の絵本を購入して、読み聞かせをしながら、セールストークを磨きました。 私が小学生のころ、「親子20分読書」運動があって、子供は、自宅で教科書、図書館で借りた本を音読する。親は、仕事をしながら、聞いてあげる。絵本の読み聞かせの逆でした。 絵本や教材を、知らない人にすすめるのは、大変なことです。絵本の読み聞かせは、それほど技術はいりません。子供が読んで、ともってくる絵本を読んであげればいいのです。 小学生に教材を与えるときは、つい、親の考え、親の欲がでてしまいます。 働きながら、子供さんの勉強をみてあげるのは、難しいでしょう。親子とは、なかなか距離をおけないものです。一緒に遊んであげてください。兄弟仲がよければ、お兄ちゃんに見てもらうのもよい方法です。どちらかというと、教えるほうが実力がつきます。
お礼
いつも有難うございます。もしかしてhanaさんが目にするとしたら申し訳ないなーなど思いながら、夕べ書き込んでおりました。いろいろと夏休み中に試してみたのですね。 でも私のほうばかり力が入りすぎてしまったようでした。夕べは息子をしかりすぎてしまって、本当に自己嫌悪でしたので、今日は何も言うまいなど思っていました。昨日のことがあって息子のほうは自分から宿題も早いうちから片付け、いつものテレビを消す時間に「今日はどうするー?」と聞いてきました。「今日は休もう」といったら、えーなんでー?と拍子抜けした様子でしたが、将棋を3回戦して(このところ勉強ばかりで一緒にやる時間がありませんでした)、学校の話をたくさん聞きました。先にふとんに行ってるから、、と寝床にいき、後から行ったら本を静かに読んでいました。昨日のパチパチと音がきこえそうな張り詰めた空気から一転、和みのひとときをすごしました。 小4は10歳、、子どもの発達の節目になるんですね。本は注文してみました。同じ方の著書で国語力というような本もありましたが、これもまた読んでみたいと思います。有難うございます。 私自身の話になりますが、母はまったく読書というものをしない人でした。父も趣味の本はよく読んでいたのですが、読書とは違うかな。また字を書くこともすごく嫌って、私は小学生のころから自分で自分の通知表に「みました」とか一言書いていたものです。また両親の書き物も代わりに(商売の請求書など)書いていました。小3のころくらいに、よく昔あった50巻くらいの文学全集というものをなぜかすごくねだって買ってもらい、それが私を読書の虫にさせたかな。それ以前には、毎月一冊ずつ届く絵本がとても楽しみで、当時はそんなに楽しみもありませんので、本が擦り切れるくらいに読んだことを覚えています。 下に兄弟もいましたし、私はほとんど手間かからずの子でもあって、あまり関心ないみたいな、、、(そんなことないでしょうけど)。きっと、もっと面倒みて欲しかった、というトラウマのようなものになっていて、必要以上に子どものことに手を出しすぎているかな、と思ったりもしています。子育ては、いろいろと自分の過ぎ去りし生き様をまたいろんな形で再生させるものだなーなど思い、、ちょっとため息かな。
- marimarimariru
- ベストアンサー率22% (404/1814)
NO.1です。お礼ありがとうございました。 公文ですが、入っても良いと思います。 公文は何回も何回も同じ事をプリントで繰り返すのが特徴です。 それと公文の教室によって違いますが、4年生から入っても下の学年からのプリントをやります。 私の息子は3年生から入ったのですが、1年生からのプリントを国語算数の各教科1日10~15枚(裏表)やらされて退屈でした。 やってもやっても終わらないからです。 結局自分の学年には追いついたのですが、本人がつまらなくなって辞めて塾へ行きました。 息子さんは4年生ですから2年生か3年生からやらされると思います。 これはどこの教室でも言えることですが、自分の学年の授業にあったところからやらせるということはまずありません(ここが一番困るところ)。 公文は幼稚園から入って大体4年生ぐらいで6年生の分が終わり、 それから中学の分野へ行って、中学入学時にはほぼ中学の分が終わっているのが理想だそうです。 私は関西在住ですが、公文で高校受験というのはまず聞きません。 ほとんどの人が高校受験専門塾へ行っています。 代表的なのが類塾や馬渕教室ですね。 塾も公文もどちらも一長一短です。 これはどこの塾にでも言えることだと思います。 一度体験入学をさせてみてはいかがですか?
お礼
再度、有難うございます。夕べは、なにかおかしい、、と思いながら気がつきませんでしたが、熟→塾ですね。失礼しました。 単調な作業はあきますよね。大人だってそうですもの、、 だから、小4では遅い、、という見解なのですね。なるほどと思いました。公文のHPをみると、3歳とかからやっている人があって、びっくりしました。子どものころはのびのびと、、、と思って、周りから言われながらも塾通いはさせてきませんでしたが、今になってみて本当にそれでよかったのか、とちょっと悩んだりしています。長男も、もっと早いうちから塾に通いたかった、今からじゃ遅い、、なんていうこともあるので。難しいですね。
- bid0169
- ベストアンサー率35% (16/45)
塾と公文について。 No1の方が何を根拠に小4で公文を始めるのが遅いとおっしゃられているのかわかりませんが、私は中学に入る直前に始めたので遅いとは思いません。(そのおかげで中学における数学の定期テストは100点ばかり取っていました。)また、塾が合うか、公文が合うかは人それぞれだと思いますから、検討してみる価値はあると思います。実際私のようにマイペースな人間には、公文が向いていました。 ところで、どうすれば勉強が好きに(もしくは楽しく)なるでしょうか。答えは定かではありませんが、例えば、出来ないことが出来るようになる喜びや親から褒められる喜び、周りの人間よりも出来るという優越感を感じられることなどが挙げられると思います。ここで公文の場合は、100点を取るまで何度も何度も繰り返すことが求められますから、出来ないことが出来るようになる喜びは当然に感じます。また、一発で100点が取れたらそれはそれでうれしいものです。さらに親も毎回100点になった答案を持って帰ってくるので褒めやすいでしょう…笑)しかも長く続ければ、自然と先取りで学習できますので(例えば小学校5年生で中学2年生の内容を習うなども可能なので)周りより出来る優越感も嫌でも感じることになります。他にも、自分のペースでできること、毎日少しずつ課題がありますから毎日勉強する習慣がつくこと、等結構メリットはあると思います。(ただ、嫌々ならば、さほど効果は上がらないし、長続きしないと思います。) 塾の場合は、優秀な子に混じって競い合えるので、元々勉強のできるお子様は飛躍的に学力が向上するというのが最大のメリットだと思います。また、必要な全ての科目をカバーしてもらえます。しかし、費用は言うまでもなく公文の倍以上ですし、わからない部分がそのままにされてしまったりは当然にあります。私は教える立場でも塾に関わったことがありますが、全ての子供に目をやることは事実上不可能でした。ですから、字の読めない子供のためにいちいち構っている余裕は講師の側にはほとんどありませんから、ほったらかされることもありうるでしょう。そうでなくとも、小学生における塾のスタンスは、基本的に親の協力を前提にしていると思います。ですから結局、お母様が面倒をみることになると思います。(もちろん公文でも多少は面倒を見る必要はあると思いますが。) 「勉強は結局、基本」が大事ですが、基本の部分、例えば国語であれば、漢字を含む言葉の意味を知り漢字を覚えることや普段からなるべく多くの活字に触れること、数学であれば、公式を覚え計算ができること、英語であれば、単語や文法を覚えること。こういう部分を鍛えるにはやはり繰り返し努力するしかないと思います。そういうことを無理なくできるのが、公文の売りなのではないでしょうか。 あ、忘れていましたが、公文は短い時間集中すれば終わるので、集中力が飛躍的にアップします!塾のように長い時間拘束もされないですし。と、まあ、あたかも公文の回し者かのように公文を褒めちぎりましたが、公文は教材費が特にかからないので本当に合わなければ辞めるのは簡単ですが、塾の場合は入塾時に高い教材費を納めるので成果が上がらなくてもなかなか辞めさせることが出来ないのが通常だと思います。 最後に、褒めなきゃ子供は伸びないと思います。後、嫌いだから苦手だからということで国語の勉強をさせるのではなく、得意な科目から塾や公文に通わせて、勉強の習慣がついたら国語も習わせるというのも一つの手だと思います。たとえ話ですが、嫌いなグリーンピースを毎日毎日食卓に並べられたら、大好きなお母さんまで嫌いになってしまうかも知れません。勉強も同じことだと思います。
お礼
中学生の子どものことも思いながら読ませていただきました。有難うございました。 塾のことは、本当にそのとおりでした。中学生の子は、たまたま入熟テストがよく出来て、進学塾の上位クラスに入りましたが、まったくついていけず、自信喪失状態となってしまい、これではいけないと熟をやめさせました。(子どももそうしたいというので) その後、少人数クラスの塾に変えたところ、成績も伸びましたが、何より本人みずからすごいがんばるようになりました。進学塾に通っていたことも「あれはあれでいい経験だった。自分に甘すぎた」とか言っています。塾も合う、合わないがあるんだな、ということを実感した出来事でした。 私自身は、親にまったく勉強のことを言われず、勉強もわかるようなわからないような、、という中で、中3に半年ほど家庭教師をつけてもらいました。英語は1年生からやり直したりもして、脳がはっきりしてきた、というようなことを当時思ったものでした。高校以後は、成績も伸び(実業高校で、進学希望ではありませんでしたが)成績もたまに学年トップをとることもありました。今にしてみれば、親に言われなかったのが良かったのか、どうか。もう少し、勉強をしっかりしたかったかなーと思うことがあります。 本当は、こんなに勉強でうるさい母になるつもりはなかったのに、と自己嫌悪。ちよっと、ここは息子のためにも、負担にならない程度に人の手が必要かなーと思いはじめているのです。
- 2411jp
- ベストアンサー率42% (100/235)
塾講師をしている者です。 お母さんは勉強を見ないほうがいいと思います。 「絶対に」と言っていいほど、こうしたトラブルが生じます。 (それに、いずれ教えられなくなる時が来ますから…。) お母さんは、母親にしか出来ない役割があると思います。 お子さんは、お母さんに国語の先生であることを求めてはいないと思います。 勉強は、学校の先生を信頼して任せたほうがいいと思います。 お子さんが頑張って勉強している時に、タイミングよく褒めてあげれば、お子さんは、お母さん(または先生)に褒められるのがうれしくて勉強するようになります。 お母さんは、お子さんが漢字の練習が出来るようにノートを作ってあげる。使いやすい筆記用具をそろえてあげる。 それだけで十分です。 今、「親から無理やりやらされている」とお母さん自身が感じているようでしたら、間違いなくそうでしょう。 お子さんは、お母さんの期待にこたえようと我慢してやってはいるものの、「もういいかげんにして」と思っていると思います。 もう「限界」なのはお子さんのほうです。 厳しい言い方をさせてもらえば…、お子さんが「勉強をみてほしい」と頼んだからやっているのですか? お母さんの自己満足で始めたことではないのですか?(本当に失礼だとは思いますが…) お母さんがやっている事は、本当にお子さんのためになっているのでしょうか? お母さんの頑張りを否定するつもりはありませんが、努力する方向が間違っていると思うのです。 子どもが「こうしてほしい」という事をしてあげるのが、本当の親の愛情だと思います。 お子さんが「もうやりたくない」というのなら、黙って好きなようにさせてあげる。 口を出したくなる気持ちを我慢して、見守っていれば、必ず自分から勉強するようになります。 お子さんが「塾に行きたい」と言うのなら、行かせてあげればいいと思います。 ただ今の様子を伺うと、行ったところですぐ効果が上がるとは思えません。指導の仕方が悪ければ、もっと嫌いになる可能性もあります。 しばらく勉強をさせずに気が済むまで遊ばせてあげることだと思います。 小4でしたら、漢字さえ覚えれば、読解は無理にさせなくても大丈夫です。 勉強の出来る子・する子は、やはりお母さんが「勉強しなさい」と言わない家庭の子です。 この質問文を読んでいるだけで「かわいそうな子だな」と思ってしまいました…。 私なら、お子さんとまずよく話し合います。 「国語嫌いなの?」「どうして?」「家でお母さんに見てもらってたのか~」などと。 もう十分嫌いなのを理解したうえで、少しずつ「漢字だけは覚えたほうがいいよ」と言って、本当に少しずつ、毎回10個もしくは5個覚えたら良しとして褒めます。 「苦手なのによく頑張ったね~。えらいね!」 「ちゃんと覚えられるじゃない。すごいね!」と。 やりたくないときはやらせません。 「いいよ。じゃあ今日はなにする?」と子どものしたい事をさせます。 甘いと思われるかもしれませんが、これが一番いい方法なのです。 私は自身の失敗の経験から、どうすればいいか今はよく分かっています。 塾は色々ありますが、どこでもいいので、お子さんが気に入った塾に入れてあげてください。 お子さんが好きになれる先生を見つけてあげてください。 先生が本当に好きになれば、言う事は聞きますし、勉強も出来るようになります。 そういった意味で個別指導の塾をお勧めします。 気に入った先生にめぐり合えるまで、何回でも先生を変えてください。 先生もお子さんを好きでないと無理です。 教育は一方向では決して成果はなく、双方の気持ちが同じ方向に向かった時に初めて成果が発揮されるのです。
お礼
丁寧な回答を有難うございます。漢字ですが、夏休み前は毎日5文字ずつ、やっていました。翌朝に覚えているか書いてみて、、と、時間的にも子どもに負担なく、出来た!!という達成感があのころはまだあったかなと思います。夏休みに、漢字プリントが配布されて、よく出来ない状態に、ちょっと気合を入れすぎているようです。 考えてみます。
- sowut
- ベストアンサー率19% (5/26)
あたしの母は小学校の教員ですが、漢字の苦手な子は結構いるようですね。 でも漢字の苦手な子は二種類いるようで、覚えようとするけど"できない"子と、 覚える気がなく"やらない"子です。 できない子なら、一生懸命勉強に付き合ってあげましょう。 頑張る、ということ自体が自信につながります。 でもnono1001さんのお子さんは、やらない方に入ると思います。 そういった子は、塾に行かせたところで身につきません。 もう、国語=やりたくないのにやらされる=嫌い、というような思考だからです。(たぶん) あたしは無理にさせなくてもいいと思います。 そのかわり、好きなこと、関心があること、やるべきことは、 しっかりやらせたらいいと思います。 そういうところから、子どもは成績ではない大切な何かを 学ぶんじゃないでしょうか。 国語をどうしてもやらせたいなら、まず国語に対する考えを 変えてあげるべきですね☆ これに共通する部首はなんだ?などと、 クイズ形式などだったら喜ぶかもしれませんね。 nono1001さんも大変だと思います。 でも子供さんが大切にされているようで素敵です。 がんばりすぎないでくださいね(^^)
お礼
「現場の声」を有難うございました。子どもの身になると、いろいろと見えてくるものもありますね。 参考にさせていただきます。ちょっと、私に国語に対する考え方を変えさせることは難しいかなー 本当に、細やかな回答に感謝します。
- marimarimariru
- ベストアンサー率22% (404/1814)
もう小4ともなれば塾へ行かせても良いと思います。 私の息子も小4から塾へ行かせました。 最初は高校受験コースのある大手塾へ。 そこで「中学受験をしないか」と誘われて、大手の中学受験専門塾へ変わりました。 今は小6です。 親が言うよりもやはり他人から言われた方が勉強します。 しかも相手はプロですから勉強させるのがうまいです。 もう小4ともなれば親にも褒められたいのですが、他人からも褒められたいと思うようです。 学校以外でも競う友達ができたりして、やる気も出てきます。 今から公文はもう遅いですから、中学へ行ってもそのまま通えるようなしっかりとした塾を選びましょう。 小4ですから今は国語だけでも良いですし、本人が希望すれば算数も追加しても良いでしょう。 ただ、やはりフォローはしないとダメです。 復習させて、テストの間違っているところをやり直しさせるとかさせないとダメなんです。 そこのチェックは親がしないとダメなんです。 丸投げしていては今度は「親は見ていない」と子供はサボってしまうのです。 うちはいじめにもあっていましたが、勉強ができるようになってものすごく自信がついたようです。 先日「俺、受験勉強してよかった。勉強というものがどういうものかわかった。 あのまま公立中学へ行ってたらわからんまま行って、絶対成績悪かったと思う」 と言ってました。 塾へ行かせて良かったと思った瞬間でした。 まあ、中学受験はすすめませんが、塾へは行った方が良いです。 塾で勉強するのがあっているという子もいるのです。
お礼
有難うございます。 実は、公文を考えていましたが、今からでは遅いですか。いずれ、算数も併せて、今、長男が通っている塾を考えています。ここは、算数もあって、ついでに2教科でもいいのでしょうが、まずは国語からしっかり身につけさせたと思いました。読書力を伸ばすことも出来るようですし、読解力の向上はほかの科目アップにもつながるようにも思って。 あまり、熟を重要視していませんでしたが、受験控える長男が「もっと早くから熟に行っておけば良かったー」といい、また次男にも早く行かせるようにと言っています。私の子ども時代とは違うんですね。 今回、叱ってしまうことが自分ですごくいやで、でも言わずにいられない、、、。もう、熟の手を借りるときがきたのかな、など思いました。
お礼
有難うございます。 リトル・トリー、さっそく手元に。「足るを知る」という言葉?が好きというのか、信条にしているようなところがあるのですが、それをふっとおもいだしています。まだ、読み始めたばかりですが、次男にも読んできかせたい。 塾にいかせるつもりでしたが、まだ迷っています。これまで手をかけてこなかったので、それを取り戻すつもりでもう少し家でがんばってみようかな、そんな心境でもあります。