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この記事を読んでどんなことを考えますか。
新聞記事に 「教諭にナイフ向ける:宿題に不満か 小4男児授業中に」 というのがありました。 (詳細は、http://www.nara-shimbun.com/n_soc/soc5797.html) これを読んで、どんなことを考えますか。 SCHOOL>小学校のカテゴリでも質問させていただいたのですが (http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=426335) もっといろいろなお考えが知りたいと思っています。 よろしくお願いします。
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おはようございます。 いろいろな書き込みに目がいきました。 気になったことについて、私も意見を書かせていただこうと思います。 まず、全体印象ですが、記事の内容については、ご質問の要約にもあるように、 「教諭・ナイフ・宿題(学校教育の象徴)小4」という言葉が、 意図的に印象に残るようになっていると思います。 新聞としては、意図的に・呼んでもらうために、センセーショナルに、 書くのですから、当然の書きようだと思います。 特に教育の問題は、現在 総ての国民にとっての関心事なので、 新聞としても社会的使命を果たしているといえるのでしょう。 事実、この話題の書き込み数をみてもそうだし、 このような社会問題のカテゴリへの書き込みであり、 その意見内容をみても、 十分にその効果を発揮しているといえるのではないでしょうか。 ただし、ご懸念の通り、社会不安を増大させ、 地域・家庭・社会・保護者・子供たちと、教育・学校・先生との間にある、 信頼関係を阻害することとなっていると思います。 正確には、 すでに崩れている関係の再構築の妨げになると言うべきなのかもしれません。 一方で、ほかの方の意見にも多くみられるように、詳細が全くわからないので、 本質的な意見交換は不可能ではないかとも思います。 不可能だから“意見をするな・しない”ではなく、 慎重さが要求されるでしょう。 その点、昨今の教育問題の総てのパターンにいえるのではないでしょうか。 いくつか知っている事例について、私の経験で言えば、 教育現場の問題を新聞記事にされたとき、 意図的でなく、 事実のみを冷静かつ客観的に描き出した記事はみたことがありません。 まぁ、話題をさらって売れるためには当たり前なのでしょうが、、、、、 読者の関心に即して・・・・・・という点では、 公務員批判は 今 旬ですし、、、、警察・司法関係者・キャリア官僚etc 特に教師は身近でお手頃な批判対象ですから、、、、 (不景気に公務員批判をscapegoatにするのはいつの世も同じです) 教師批判や教育不信は、 もうほとんど集団ヒステリー状態ではないかとも思います。 批判したい人には、何をどういっても、どんなことでも、 批判になってしまうので、ご心配でしょうがどうしようもありません。 ですから、 たとえば、atsusakiさんのように、冷静な疑問を持たれる方が、 その考えを失わないようにして、 できる範囲で、機会に応じて、(義務じゃないので、あくまでも、できる範囲で) 「慎重に考えていきましょう」と周囲に呼びかけられることではないでしょうか。 蛇足ですが、 議員と公務員の関係で言えば、 議員を敵にまわすと、 全体の正義に通じる施策・事業まで露骨にじゃまされますので、 無理をしてでも融通を利かせざるを得ないことがあります。 また、民間にとっては、 鼻薬をかがせてもしくは、票田の耕耘などの利益供与で、 自分のもしくは自分たちの都合の良いように、行政を動かそうとする。 これは、ムネオさんの件で知られているところです。 【もちろんこれも慎重な議論が必要ですよ】 明治以降、地方も中央も 結局 一緒です。 ということで、草の根運動ではないですが、 路傍の花ぐらいの動きはしてみて、 信頼関係の再構築をご一緒しませんか?
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- tyoukaifusuma2
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(1)小学生は頭が良くなった。 冷静にナイフを取り扱い、それによってどういう効果が 得られるか、また引き際はどこかをよく理解できている。 日本の教育の賜物ですね。皮肉ではなく、本当にすばらしい。 昔のわたしはここまで頭がまわらリませんでしたよ。 (2)教師と児童が討論するのはいいことだと思います。 絶対君主的な学級担任よりも民主的な学級担任の方が 教育効果は高いですからね。 でもしめるところをきちんとしめれないとこうなるよ、 という例では? この教師ももう少し穏やかなクラスだったらもっと うまくいってたはず。 民主的にやるにはすこしクラスが 活発すぎて手に負えなくなったのでは?
お礼
tyoukaifusuma2さんありがとうございます。確かに「賢い」児童ですね。
>教師の職場放棄に目に余るものがある」 個人を特定できる内容を避けて記載します。 県議会議員と良いお友達の家庭の師弟は.暴力行為の発生しない小中学校に赴任します。 某国会議員が遊びに来る家の師弟が登校拒否になった時に.自主退学を教師が勧告.国会議員から挨拶があってからは担任が送り迎え。 学校側の某ポルノビデオ取り扱い商店の主要顧客は隣の学校の教員。 ちょっと教師が殴られたからと言って警察を呼んだ。なお.殴られた教師は某議会議員のお友達の師弟。内出血で病院通いとなった政界と関係ない教師の場合には.うやむやに。 こんなところでしょうか。
お礼
edogawaranpoさん三度ご回答下さってありがとうございます。 う~ん、いろいろと考えさせられますね。
- Z80CPU
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お礼有難う御座います。ひょっとすると黙殺されるのではと思っていましたが、お礼頂きましたので再度拙文ではありますが回答させていただきます。 まずURLの記事及び他の回答者の方の回答を読み返してみましたが、「教育問題カテゴリー」の回答者様のご意見、なるほどと思うものが多いです。 「小学校カテゴリー」ですが(苦言を少し。同じ質問を他所にすることはインターネットでは禁止行為であり、最も嫌われます)これは、馬鹿野郎様な意見が多く、無視させていただきました。(「小学校カテゴリー」に書き込んだ方でそれについて文句があるのならば、いくらでも受けて立ちます。こちらに書き込んで頂きたい) 記事についてですが、正直なところ、「なんだかな~」と。 記事の内容については、公務員独特の事勿れ主義発表が入っているため、あまり意味が無いように思えます。 これについて学校側には、このことが全国版ニュースになってしまったことの責任は当然あります。管理能力、或いは問題処理能力が無かった、という事です。インターネットによる報道などということは関係有りません。インターネットにより全国に知れた、のでは無く、時代に対応した仕事をしていなかっただけです。 話が少し横にそれましたが、この件について、親の教育の有り方にも問題はあるでしょう。いや、かなり有るでしょう。 しかし、それで学校側に問題が無いということにはなりません。 「ニュースになる=問題になる」 たとえそれがどんなニュースメディアであろうとも、その図式に変りは有りません。このことは、およそ公務員には千年経とうが理解はできないでしょうが、民間では当たり前のことです。 こんなことでニュースになるのは、職業人としての教員の資質が無かったということでしょう。 勿論、隠蔽できなかったなどと云っているのではなく、こんなことも処理できない「ボケ教員」だと云っているのです。 質問者様には申し訳ないのですが、面倒なのでこのへんにして起きます。恐らく反論が有るでしょうから、そのときにまた詳しくご説明させていただきます。
お礼
Z80CPUさんふたたびありがとうございます。 様々な問題点を挙げていただきましたね。
- Z80CPU
- ベストアンサー率2% (1/34)
このような話では、とかく教員が悪い、或いは親が悪いという議論になるが、おそらく両方悪いのだろう。 #8氏の回答のように、片方だけにその責任を押し付けて、自分の責任を逃れようとすることはどうかと思うが。
お礼
Z80CPUさんありがとうございます。 記事だけでは問題の詳細がわからず何ともいえない部分もありますが、おっしゃる通り教員にも児童にも親にも問題はあるのでしょう。 ただ、学校や教員により問題があるという報道ぶりに疑問を感じてしまうのですが如何でしょう。
- kana32
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2番の者です。蛇足ながら補足を。 私の小学校時代にも刃物を振り回す同級生がいました。 でも、それは激高の結果でした。切れちゃったって事ですね。 しかし、この記事の子供はなんか冷静に人に刃物を向けているように思えます。 自分がそうすることによって生じる「効果」というものを、ちゃんと分かってやっているのでは。 非常に「子供らしさ」が欠如しているようで… また、今の学校の教師は非常に手かせ足かせが多いです。 ちょっと生徒に手を挙げれば「体罰教師」と集中砲火を受けます。 そんな状態で、まともな躾もされていない子供と正面きって渡り合えってのは酷というものでは。 子供の言うことをきちんと聞くことと、真に受けることは違います。 どうもこの頃「人に厳しく身内に甘い」親が増えているように思います。 子供に嫌われたくない一心で、子供におもねっている風景が随所に見られます。 そして自分は子供一人まともに躾出来ないくせに、 40人を一人で相手しなければ行けない教師に、そういったものを押しつけて 恥じることがないと言うのは、どうしたものでしょう。
お礼
kana32さん再びありがとうございます。 「今の学校の教師は非常に手かせ足かせが多い」という点、まさにその通りですね。その上にこのような報道がなされていくと、教師の立場が悪くなるばかりです。「子どもよりも親の教育をしなければいけない」と嘆く教師も多いと聞きますし。何とか学校、教師の信頼回復に向けた報道をしてもらいたいものです。それが社会の発展にもつながっていくのですから。(もちろん問題のある教師への対策は必要です。しかし、それはそれとしての対応があると思うのです。)
3番です。変な差別につながりかねませんので.当時.ナイフをちらつかせて教師と渡り合っていた連中の現在の職業(役職)をお知らせします。 要は.恐喝は悪い事であるということを教えるのが学校教育であり.教師の職場放棄に目に余るものがあるという事です。 市町村議会議員 PTA会長 警察官 商店主 某都内企業地元工場総務部長
お礼
edogawaranpoさん再びありがとうございます。 「教師の職場放棄に目に余るものがある」という点、よろしければ詳しくお教えいただきたいと思いますが。
似たような事件、というのは自分が小学生の時にも、やっぱりあった。 報道各社は教育問題を、モラルの問題と、知力・能力の低下の問題と、分けて報じるべき! そうでないと「学級崩壊」なんて、捉え所のないイメージだけがいたずらに進んじゃうよ。 それって、ちょっとどうかな~、とか思う。 それと「小4男児」まではいいけれど、何年何組、なんてこと記事にするのに、一体どんな理由があるんだよ!、とか思いました。
お礼
Fallmaさんありがとうございます。 本当に、このような報道が学校教育の問題を大きくしているように思えてなりませんね。
- a0123456789
- ベストアンサー率22% (57/255)
私も小さいころ同様のこと(私の場合はこんな生易しいものではありませんでしたが)をしたことがありましたが、新聞記事になどなりませんでした。 よって、この記事を読んで感じるのは (1)この記事を書いている記者は、何を訴えたいのか? (少なくとも学校名を実名で記載していますので、このような記事を公示することにより、少なくとも該学校の生徒及び教諭は他区より軽蔑される可能性があります。それにもかかわらず、公示されたということは公示により何らかの問題解決が望まれると記者の方が推察せれてでしょうが、それがなんだか少なくとも私には読み取れません。[もし何の考えも無くでしたら、単なるこの学校に対するいじめですかね!]) (2)このようなことが記事になるには、どこかからの新聞社への情報提供(漏洩)があったためと推察されますが、今の学校(教員及び保護者)にはこの程度のことに対して自ら対処するだけの器量を持てなくなっているのか!?ということ 少なくとも私が小学生時代は、多少生徒同士、若しくは教師と怪我をするぐらいの喧嘩?をしても学校と保護者若しくは保護者間で話し合って、特に新聞沙汰になるようなことはありませんでした。 (3)あなたがどのような考えの元にこの問題を提起されたのかが不明ですが、現在の日本では、このようなことでさえ問題(新聞記事)になるほど社会が廃れてしまっているのかな?との憂いを感じましたが、あなたは如何ですか?
お礼
a0123456789さんありがとうございます。 「この記事を書いている記者は、何を訴えたいのか」という問いは私も抱きました。学校教育バッシングなのでしょうか。このような記事が出されていくから、教師の権威がなくなり、児童・生徒や保護者との信頼関係を築きにくくなっていくのではと思います。
補足
この新聞記事により学校教育に対する不信感をかきたてるのではとの不安から、多くの方のご意見をお聞きしようと思った次第です。 (情報が不十分ではありますが、この教師に問題ありとのご意見が多いのではと想像しましたので。) 学校教育をよりよいものにしていくためには教師と児童・生徒や保護者との信頼関係の構築が何よりも重要だと考えます。このような記事が教師の頼りなさをアピールし、不必要に信頼関係の構築を妨げていくと危惧するのですが…。
- Bokkemon
- ベストアンサー率52% (403/765)
些細なことで自分の感情を制御できなくなること、自分の思い通りにならないことや不満に思うことを耐えることができないことなどが思い浮かびます。 これらは、学校教育で身に付くものではなく、学校で指導したとしても局面における一過的なものでしかありません。根本的には、親が教育すべき範疇のもので、何でも学校や教師の責任にすりかえるのは、親の無責任であろうと思います。 特に、「一人っ子」の場合は、兄弟姉妹という競争相手がいないため、他者との折り合いをつける機会が不足しがちで、自分の希望に周りが合わせてくれる習慣がついてしまっていて、挫折感や敗北感に耐えられずに切れてしまうケースが多いように思います(身近な例からの想像ですが)。それでも、親がきちんと他者との折り合いのつけ方を身につけさせていれば、「不満 即 ナイフ」にはならないでしょう。叱らない親、ケジメの無い親が多くなっているように見えますし、そういう親の子もまた、自己中心的になっていくものでしょう。 人格形成の多くは家庭環境によるものと思います。
お礼
Bokkemonさんありがとうございます。 やはり家庭での子どもに対する教育による影響が大きいということなのですね。ご指摘のように耐性を十分身につけていない子が増加しているのは確かなことです。
昔は.近所の小中学校で日常的に行われていましたので.そんなに騒ぐ事ではないでしょう。
お礼
edogawaranpoさんありがとうございます。 「日常的」というのがかえってショッキングに感じましたが…。教師-児童・生徒の関係、大人と子どもの関係が崩壊していたということなのでしょうか。そうだとしたら、何が原因でそうなっていったのでしょうか。
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お礼
LB41さんありがとうございます。 >昨今の教育問題の総てのパターンにいえるのではないでしょうか。 >いくつか知っている事例について、私の経験で言えば、 >教育現場の問題を新聞記事にされたとき、 >意図的でなく、 >事実のみを冷静かつ客観的に描き出した記事はみたことがありません。 おっしゃるとおりですね。それで地域・家庭・社会・保護者・子供たちと教育・学校・先生との間に信頼関係を築いていくことを意図する記事ならよいのですが、残念ながらそうではなく、興味本位で安易な教師批判ばかり…。 LB41さんのように考える方が多くおられることを期待します。 「信頼関係の再構築」に向けて私も微力ながら頑張ります。