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謡曲かなんかですかねえ…。

先日、中西梅花(なかにしばいか)という明治期の詩人の詩を読んでいたら、「五つを二つの振り分け髪」というフレーズが出てきましたが、どこをどう調べてもこんな言い回しが見つかりません。謡曲や都都逸のフレーズなんでしょうか。ご存知の方いらっしゃったら教えていただけますか?「五つを二つの振り分け髪」です。

みんなの回答

noname#256
noname#256
回答No.3

再びyumiです。 広辞苑やSapphireさんの方が正しいように思いますね。 よく調べもせずに憶測で解答してごめんなさい。 で、二つの振り分け髪は結わえない幼児の髪型か もしくは、明治初期に断髪令が出された事を受けて「断髪した髪」の総称では? それでもまだ和服が多かったので女性には戦後まで浸透しなかった様ですが・・・ って事で前言撤回して、幼児の髪型か断髪した髪じゃないですかね~?

  • Sapphire
  • ベストアンサー率38% (10/26)
回答No.2

(謡曲や都々逸は何も知らない素人ですが、yumiさんの説とちょっと違います) あいにくとこの詩を知らないので何ともいえませんが、「振り分け髪」というのは昔(飛鳥時代~室町時代)の小さい子供の髪型(下のリンク欄参照)なので、「○○ちゃん(5歳)の子供の髪型を振り分け型にした」という意味ではないでしょうか。「二つの」というのは中央から二つに分ける振分髪の様子を表しているのでは? 源氏物語などを読んでいると子供の頃は髪が短いのでこの振り分け髪。大人になって髪が伸びてきたら、男の人は結い上げて烏帽子を被って就職(?)。女性はずーっと長くのばして御簾の内でおしとやかに過ごす。というパターンのように思えるのですが。。。

参考URL:
http://www.cosmo.ne.jp/~barber/furiwake.html
noname#256
noname#256
回答No.1

昔の日本髪は前髪、びん(左右)、髱(たぼ、または“つと”)、髷(まげ)の 5つの部分に分けられてました。 多分それが『五つを』と言う事だと思います。 で、『二つの振り分け髪』に関してはその時代の髪型の事だと思います。 ハッキリしませんが「桃割れ」と呼ばれてる髪型だと思います。 髷を2つに分けて手毬のような丸い輪にした髪型で 明治時代になって考案され、大正時代まで16~17歳の少女に結われたものです。 って事で、その時代の少女の髪型の説明みたいなものではないかと思います。

参考URL:
昔の美容学校の教科書(美容文化論)を見ました
ryuchan
質問者

補足

早速の回答、ありがとうございます。そうですか、昔の日本髪は五つに分かれていたんですねえ。「振り分け髪」は、「男児・女児の髪型の一。髪を肩までの長さに切り、左右に分けさばいたまま垂らしたもの。」と広辞苑にありました。でもこれだとせっかく立派にしていた髪型をずいぶんシンプルなものにしてしまうのですね。やっぱりyumiさんのおっしゃるとおり「桃割れ」のことを言っているんでしょうか?引き続きのアドバイス、お待ちしています。

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