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母の癌、死への恐怖とは…。

 昔から気の合わなかった母が癌になりました。 以前にも乳がんで手術したことがあり、肺の下のほうで再発したそうです。本人は詳しいことは一切話しませんので、病状はすべて妹から聞きました。 母はとても思い込みが強く、手術や化学療法を一切受けようとせず、ありとあらゆる民間療法を試しています。 私は、それに対してなんとも思いません。助かってほしいとも思えないのです。 今までろくにお礼など言ったことなどなかったのに、先日急に「ありがとう」を連呼しだしました。セリフのように棒読みで。 違和感を抱きつつも、なにか気持に変化があったのかと思っていたのですが、ありがとうと何万回か言うことによって病気が治るという療法だったと知りました。 そんなことばっかりで、態度には表わしませんが、心の中ではすごく母に対して冷たい自分がいます。  私にはいくら想像してみても死への恐怖というものがあまり湧きません。もちろん未知の世界への不安というものは多少あります。 でもそれは私がまだ死というものに直面したことがないからなのかもしれませんが。 いくら折り合いが悪かったとはいえ、近いうちに死んでしまうかもしれない母に対して心からいたわりたいとおもいつつも、出来ません。 そこまでして何の為に生きたいのだろうと思ってしまいます。本当に自分でも冷たいと感じますが、この母にどう接していったらいいのか悩んでいます。 今のところ、表面的には冷たい態度はとらないように心がけているのですが…。

みんなの回答

  • 6300063
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回答No.8

死の恐怖は、あなたが同じ病気になったとき初めて分かる事です。 「癌」=死 今は、医療が発達したと言っても絶対治る補償は無い病気ですから。 その病気になってみないと実感はわかないと思いますよ。 経験して初めて分かる事です。何事もそうでしょう? お母様に対する思いは、小さい頃からの積み重ねがそうさせているのですね。 親だからこそ他人より憎しみがわくことだってあります。 その思いは、一生消えませんよ。 でも楽しかった思い出も少しはありませんか? 小学校からの帰り道お母様に早く会いたい!って思ったことありませんか? 本当は、好きで好きでたまらなかったと思います。でも裏切られてばかりだったのでは? お母様が生きているうちにこの思いを伝え分かってもらえるとこれからのあなたは、ずっと楽になります。 今まで失っていた時間を取り戻してください。今がチャンスです。 時間が許す限り、お母様の傍に居てあなたの気持ちをぶちまけて分かってもらってください。 私も同じ経験をした一人です。

noname#82101
noname#82101
回答No.7

産んでくれた母に感謝の気持ちもないんですか。貴方が産まれてきたのは当たり前?そりゃ血が繋がってても気が合わない親子はいます。私だって母とは気が合わない時ありますし。ですが死んだら悲しいですし早く死んでほしいとか思った事ない。 こんな回答17歳のガキに言われて恥ずかしくないんですか?もうちょっと色んな事考えてみましょうよ

  • uedajiru
  • ベストアンサー率15% (11/71)
回答No.6

あなたがとれる態度でいいと思いますよ。 こうやって質問されている、その思いがあるだけでも十分ではありませんか。 私も今年の9月に母を癌で亡くしました。 自分にできる精一杯をしたつもりですが、たぶん母にとってはいろいろ心残りがあったことだろうと思います。 残った父とは非常に折り合いが悪いので、その時になってみないとわかりませんが、たぶんその時にも自分にできることしかできないと思います。 家族でも親でも、できないことってありますよ。 そんな理想的にはいきません…。 私の親は非常にこどもに期待をするひとたちでした。 有形無形の枷をつきつけてくるひとたちでした。 それが普通なのかと思ってきました。 ですが、自分が結婚し、こどもを二人産んでみてわかったことは、親の一番の望みは『わが子が幸せに自分より長生きすること』なんじゃないかなって。 結局、様々なかたちで恵まれてるからそれ以上の望みを持つんだろうと思います。 強欲になってしまうんだろうと思います。 個人としては自分の死が恐ろしいのは当たり前です。 精神的に追い詰められ、自殺を考えてもやはり恐ろしいものです。 まだ質問者さんにとって現実的でないだけです。 これは心配しなくてもいつかおわかりになると思うし、けっしてあなたが特殊なわけではないと思います。 今のままで十分ですよ。 お母さんの残りの日日を、あなたなりにできることで十分ですから、支えてあげてくださいね。

  • ZXYZY
  • ベストアンサー率25% (199/777)
回答No.5

どんなに嫌いでもあなたが今いるのは親のお陰です。 他人は許せなくても家族なら許せるわかりあえるはずです。 あなたをこの世に生ましめて存在させてくれた命の灯火が消えようとしている。 ありがとうを唱えるのはあなたの方ではないのですか。 産んでくれた恩と育ててくれた恩はあるはずです。 時間は待ってくれませんし、後悔は先には立ちません。 ”親思う心に勝る親心今日の訪れ何と聞くらん” 幕末の志士吉田松陰の言葉です。

  • mama4615
  • ベストアンサー率18% (987/5267)
回答No.4

初めまして 二児の母です。 私の母も 一年前 なくなりました。 8年間同居し、孫(私にとっては娘)の成長を見つつ、59歳でした。 指定疾病のため 薬も治療方法も無く、家族との声をどれだけ聞かせてあげられるのか って事に必死でした。 いなくなって初めてわかる 親のありがたみ。 一般常識や感情の起伏 それだって親が教育しなければ 私にも質問者さんにも身に付いていません。 入退院を繰り返し 最後の入院の時、《今までいろいろありがとぅ》といわれ、病気を隠していたので 素直に私の気持ちは伝える事ができませんでしたが、きっと母は悟っていたでしょうね。 何かがおかしい、周りがおかしい。って。 手をつなぐだけでも気持ちは伝わります。 小さい頃はこぅだったよね。とか 何でもいいと思います。

  • marientry
  • ベストアンサー率28% (47/166)
回答No.3

私は今年8月上旬母を病気で亡くしました。 私も若い頃は母とはよく衝突し、大人になってからも、自分の結婚の事で猛反対されたり、ずっと母のエゴなのかと思っていました。 でも自分も母親となってから、やっと母の自分に対する愛情の表れだったのだと理解することができるようになりました。 私は国際結婚している為、海外在住なのですが、母の病状が悪化していると兄弟から知らされ、居ても発ってもいられず、夫に心情を伝え、まだ1歳にも満たなかった息子を連れて、急遽無期限で日本に帰国しました。 今まで私が帰国しても本当に素っ気なかった母も、随分気が弱くなってしまっていたのか、「私の為に幼い子を連れて、わざわざ帰ってきてくれて有難う!」と言い、心から喜んでくれているようでした。 母にはわずかな余命についての告知はされていませんでしたが、日増しに衰えていく自分自身の体に死が迫っていること感じていたようでした。 時々母が鎌をかけるように「私って、もう退院できないよね~?」と言ってみたり、「早く体力回復して、孫を抱けるようにならないとね~!」と前向きな事を言ってみたりと、本人も希望と不安でいっぱいだったようです。 私はいつも母が不安気な事を言うと 、「憎まれっ子世にはばかり・・って良く言うから、お母さんはきっと長生きするようになってるよ!」などと、冗談っぽく励ましていました。  そうすると、母は少し安心したような表情をしていました。 それなので、質問者さんもお母様に対して、突然今までの態度を変える必要もないですし、むしろ自然な態度で接してあげることも、お母様に安心感を与えるのではないかと思います。 <表面的には冷たい態度はとらないように心がけているのですが…。 ↑これで十分なのではないでしょうか・・? どうかお母様が苦しむことなく闘病生活を続けられる事をお祈りしています。

  • hkinntoki7
  • ベストアンサー率15% (1046/6801)
回答No.2

 親のありがたみって親になってからわかります。自分の両親も共働きで、学校行事に来るようなこともなく、休日に一緒に遊んでもらったことはありません。ですが、自分が親になってからありがたみを感じるようになりました。  死への恐怖というのも幸せを感じないと理解できないかもしれません。友人が死ぬということは1人とのお別れですが、自分が死ぬとなると全ての人とのお別れになります。自分の場合、結婚して子どもができてから子どもとの別れを考えると不安と恐怖を感じます。子どもが幸せになった姿を見届けたいとか困ったときにはいつまでも助けてあげたいと思っています。  自殺する人は精神的に病んでしまっているので死への恐怖を感じず自ら命を絶ってしまうと思います。また、痴呆症というのは死への恐怖をやわらげてくれる、神様が与えてくれた安楽死の一つかもしれないですね。  結論としては質問者様が虐待など受けたのならともかくそうでなければ、お母さんとの時間を大切にしてほしいと思います。もし、手術で助かるのであれば説得するのがベストだと思います。

  • kanakyu-
  • ベストアンサー率30% (1916/6194)
回答No.1

こんにちは そうですか・・・  うちも両親とはいろいろあったので、 なんとなくお気持ちがわかるような気がします・・ 私は、年齢だけを見ればまだ早いと言えますすが、 死から目をそむけることなく暮らすように意識してます。 死生観というものを持って生きたいと思っています。 死の直前になってから、死を受け入れる心構えがなく あわてふためいたり、後悔することがないように。 死は誰もに訪れ、またいつ来るかはわかりません。 そして、死=悪 ではないのだ、という認識を、死生観を通して養うことができます。 基本的に現代社会では 死=悪 とされていますが・・ お母様のお葬式を、その後の日々を、真剣に想像してください。 粘土のように冷たい土気色の肌、もう何もしゃべることのない唇 これからはもう、心の中の思い出にしか住むことのないお母様。 自分が求めていた母親像にあてはめるより、 お母様の好きだったものと共に見送りたいと思うかもしれません。 その後、お母様がいないことをふと思い出し寂しい思いをするのは、 ご友人のお母様の話を聞いて、自分の母は他界した、ということを話したときかもしれません。 生きたお母様には優しくできなくても、 もしも死んだお母様になら優しくできるようでしたら、 生きたお母様と向かい合うよりも先に、 まずそれをしっかりと思い描いてみてください。 それがあなたのお母様への本当の気持ちです。 その中で今何かできるか? たくさんでなくてもいい、 わずかでもよいので、考えてみてください。