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ドイツと日本は何故最後までがんばったのか?
サッカーや野球とかは、大量に点数差が開いてくると、負けている チームはなんとなくやる気がなくなりますね。 戦争中、ドイツや日本は後半から次々負けが続き、敗退につぐ敗退。 味方の戦力や物資が下がって、敵の戦力や士気がどんどん上がって いったのに、どうして終わり間際まで必死に戦ったのでしょう? 日本は、周りが海だから本土に上陸させまいという考えがあったとは 思うのですが、陸続きのドイツはなぜ最後まで抵抗しようとしたのか? ドイツ人は、個人主義の強い民族だと聞きます。 なのに、何故なんでしょう?
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>ドイツ人は、個人主義の強い民族だと聞きます。 ドイツ人は集団主義のようです。 参考:『ドイツとメランコリー』http://d.hatena.ne.jp/mensch/ それで、トップのヒトラーが自殺するまで戦争を止めると言わなかったため、戦争が継続しました。 日本人も集団主義なのですが、ヒトラーのように一声で戦争を始めたり止めさせる人がおらず(昭和天皇にはそこまでの権力はありません)、サイパン島陥落後に主戦派だった東條内閣が倒れたあとも、戦争継続を強く主張する軍部に引きずられて、戦争を継続しました。 ようやく日本が国として降伏の意思を決めたのが、1945年8月10日の御前会議でした。
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- bossnass
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誰も死なない、明日も試合があるスポーツと、 仲間や家族が殺され、負けたら明日がない戦争と同列に並べる例えも どうかとは思いますが・・・。 ドイツの場合、東からは野蛮で強姦と略奪と復讐を目的に来るソ連軍。 西からは、「農業国に突き落としてやる」と宣言した英米軍。 そりゃ、ドイツ人も死にものぐるいで戦いますよ。 降伏しても殺されるんだったら、なおさら。 他の方も書いているように、 日本は、ドイツが先に降伏したこともあってドイツほど最後まで 戦っていません。 おかげで朝鮮やドイツみたいに分割占領されなかった。 北海道や東北は、ドイツ東部や満州のようにソ連兵の暴虐を受けて 関東や名古屋、九州は沖縄のように陰惨な戦場になっていたでしょう。 そういう意味では、最後まで戦わなくてよかったと思います。
お礼
ありがとうございました。 確かにスポーツと戦争を同列に並べるのは、まずかったなぁと反省 しております。
- tando471
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ほどんど回答になっていませんが、参考になればと。 何をもって「最後まで」とするで評価が分かれるのではないでしょうか。 ドイツはベルリン、ルールともに陥落していますので最後までがんばったでいいと思います。 ただ、日本の場合は東京も九州も陥落していません。 つまり「本土決戦をやらなかったから最後までがんばってはいない」、「負けるのは目に見えているのに諦めの悪さから長引いた。だから最後までがんばったで間違いない」のどちらも言えてしまうのではないでしょうか。 またイタリアの場合ですがシチリア島が陥落しています。つまり日本で言うところの本土上陸一歩手前です。アフリカ戦線では敗退につぐ敗退。何故イタリアは最後までがんばったのでしょうか。 つまり、何をもって「最後まで」とするかの定義付けが必要であるということでしょう。 また、なかなか降伏しないで戦い続けた国はいくつもあります。ですので、ドイツ人は~~だからとか日本人~~だからとかいう理由ではないと思われます。
お礼
ありがとうございました。 確かに、イタリアやドイツと比べると日本は最後までは行ってないように 思います。
- Yelm
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例えば戦前、戦中の日独は 「イギリスは仮に多大な犠牲を払って敵国を打倒したとしても、膨大な国力を浪費し最終的に大英帝国の崩壊に繋がる為徹底的に戦ったりしないだろう」 と判断していました。 結果として第二次大戦は「世界中に植民地を有する大英帝国」へのトドメとなりましたが、それでも英国は第二次大戦で枢軸国を完全に打倒するまで戦争を止めませんでした。 つまり「国力の見通し」は正しかったのですが「継戦意欲」については見誤っていたのです。 他の方も言われていますが戦争が「お上」のものであり、一般の国民が関わりを持てない前近代の国家であれば、単純に損得勘定で戦争を終わらせる事が出来ます。 しかし「国民国家」においては一度国民世論が「戦争」でまとまってしまうと、後でそれを損得勘定だけで変える事は困難なのです。
お礼
ありがとうございました。 6の方の回答と同じ意味ですね。 国民の総意での戦争は、最後まで突っ走ってしまうのでしょう。
- tanuki4u
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日本もドイツも民主主義国家だったからです。 そして、それがうまく作動しなかった。 民主主義国家とは、国民の決定が最上のものであり、それを否定するすることできません。 18世紀までの欧州の戦争は、民主主義国家同士ではなく、極端な話が「王様同士」の戦いなので、王様の判断ひとつで、停戦、終戦を行うことができます。典型的には7年戦争のロシアです。勝っていたのに、ピョートル三世はフリードリッヒ大王の「ファン」だったので、中止しました。 全権委任法により、国民の全面的信任を得たヒトラーも、満州事変以降の国民世論の「イケイケ」に支配された日本も、それらの国民の決定を覆す仕組みができていなかった。 専制国家であれば、敗戦後の国民の不満を気にせずに停戦もできます。専制国家でなかったが故に敗戦を認めることができなくなったわけです。 20世紀でこの例を探すのであれば、朝鮮戦争です。 南北朝鮮とも民主主義国家でなかったので、途中で停戦することができました。国民の文句が支配層に反映する仕組み(=民主制度)ができていなかったからです。
お礼
ありがとうございました。 あの戦争は、日独ともに国民の総意で遂行したから最後まで 戦ったといことですね。
- komes
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日本では国体の護持(すなわち天皇制の維持)に拘りました。 ドイツではヒトラーが健在な間は徹底抗戦でドイツ民族を道ずれにする覚悟でした。 ドイツの一部ではこの為ヒトラーの暗殺計画を実行するメンバーもありましたが失敗、ヒトラーの自殺後後継者となったデーニッツ元帥が無条件降伏したのです。 この時既にドイツは戦争継続の力も意志もありませんでしたが日本では徹底抗戦を叫ぶ一部の人々が存在しました。
お礼
ありがとうございました。
- mat983
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日本は神国で負けることなどあり得ないと教育されてきたからではないでしょうか。 だから、本土決戦など最後まで戦うことを国民に要求されたのです。 「欲しがりません。勝つまでは」です。 ドイツはヒットラーが最後まで、自身の保身のため抵抗したからではないでしょうか。
お礼
ありがとうございます。
- chie65536
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質問者さんは『「もうやめよう。降伏しよう」と言ったら国逆、非国民、反逆者として銃殺されそうな雰囲気』の中で「もうやめよう。降伏しよう」って言い出せますか? (もちろん、戦争をやめさせられる権限のある地位、つまり、敵の銃弾に晒されない絶対安全な本国の総指令部に居られる地位にあると仮定して)
お礼
ありがとうございます。 確かに言えません。と思います。
- ginga2
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サッカーや野球とは違うんだと思うけど 始めた人が、引っ込みつかなくなったんではないかなと思います。
お礼
ありがとうございます。 「始めた人」って誰なんでしょう。
お礼
ありがとうございました。 お教えいただいたサイトは、非常に興味深いものがありました。 ドイツ人の集団主義は、目からウロコでした。