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現実から逃げてしまう

多くのことで自分は現実から目を反らしてしまいます。 大学で少し医療系の勉強をするのですが、 人間や生物の身体の構造とか赤ちゃんのつくり方やでき方を、 現実のものとして受け入れられません。 知識としてしか受け入れられません。 グロテスクで、怖いんです。 知らなければよかった、見なければよかったと思います。 恋愛も、まだしたことがありませんが、 「赤い糸」や「運命」を信じてしまいますし、 小説の中のような恋愛が本当にあるように思います。 現実を見ることが怖いんです。 そんな風に思うことはいけないことだとは分かっています。 今日も学校の友達に、人体が怖いという話をしたら 「そんなんじゃ社会に出られないよ」と冷たく言われました。 治す方法があったら教えてください。

みんなの回答

noname#194289
noname#194289
回答No.3

頭の中と外をきちんと区別すると少しは受け入れやすくならないでしょうか。いやなものは外へ置いておけばよいというような感じです。

ibiswan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 自分の頭のはごちゃごちゃになっていると思います。 区別できるようになると、ラクになるかなと思いました。

  • nisekant
  • ベストアンサー率11% (13/112)
回答No.2

習うより慣れろですかね! 例えば、吊橋があるとします。向こう岸に、自分の欲しい物(目的)がある。その欲しい物の価値の大きさ、または欲求の多さにより、その吊橋を渡るかを決めるのではないでしょうか? 極度の恐怖を伴う吊橋でも、向こう岸にそれを上回る目的があれば渡りきれるはずです。 恐怖のない吊橋を渡る人間よりも、恐怖の伴う吊橋を渡った人間の方が、素晴らしい人間になると思いませんか?

ibiswan
質問者

お礼

>恐怖のない吊橋を渡る人間よりも、恐怖の伴う吊橋を渡った人間の方が、素晴らしい人間になると思いませんか? そうだと思いました。 分かりやすく教えていただき、ありがとうございました。

回答No.1

ただ生々しいものが苦手なだけ、というように読めたのですが…。 キラキラふわふわしたものでフィルターがかかっていないと怖い。悪く言えば夢見がち。 私も人体には未だに理解不能な点が多々あります。学問としての生物は得意でしたが。 何で毎月溜め込んだ栄養を流さねばならんのか(生理)、とか…。 構造も理解しがたい点は多々あります。排泄と誕生が同位置であるとか。 何か過去にそうなる原因があったのかもしれないし、 もともとそういうのが苦手だったのかは分からないですが いけないことだとは思いませんよ。無理に変わる必要はないのでは? 変わりたいと思えば自分を変える事は出来ますが 時期が来れば自然に変わってくるものもあると思います。

ibiswan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 たしかに夢見がちなところはあると思います。 変わることは大変なんですね。

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