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枯山水の由来は
中学校の修学旅行についてのレポートで質問があります。龍安寺などにある枯山水は、だれがどのようにして名付けたのでしょうか。また、ほかにはどのようなところにあるのでしょうか。教えていただければ助かります。よろしくお願いします。
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- Eivis
- ベストアンサー率29% (1122/3749)
>龍安寺などにある枯山水は、だれがどのようにして名付けたのでしょうか。 石組みの庭は最初から今の形であったかどうかという事まで含めると難しい問題なのです。 方丈前庭の白い砂は、あなたが別の所で質問していた銀閣寺の[銀沙灘]と同様に方丈の内部に明るさを取り入れるものであった かも知れず、また石を置いたのも龍安寺は別としても極端な例は昭和の30年代に作庭が流行った時代に作った例もあるのです。 また龍安寺の庭についていえば[心という字]だとか[虎の子渡し]などと、庭を鑑賞した人間の言葉に惑わされても困ります。 芸術作品の評価は決まっているものではなく、見る人の数だけ意見、考え方があると言えるでしょう。 ・・・迷うようなことを書きましたが実はそうではなく、frank-kenさんの考え方を迷うことなく主張して貰いたいのです。。。
- nyozegamon
- ベストアンサー率45% (895/1969)
枯山水は、水を用いずに、石・砂などにより風景を表現する庭園様式。室町時代、北宋画、特に破墨山水などの影響を受け、完成された。 >ほかにはどのようなところにあるのでしょうか。 「枯山水 庭園」で検索すれば出てくると思います。
- tote81jp
- ベストアンサー率36% (53/145)
龍安寺のHPがあるので覗いてみてね。 せっかくパソコンがあるのだから、YAHOOとかGoogle等の検索サイトで「竜安寺」を打ち込むと色々ヒットするからご自分でお調べ下さい。 宿題はちゃんと自分の力でやってね。それこそが身に付く勉強でしょう。
- 参考URL:
- http://www.ryoanji.jp/
- sakura-77
- ベストアンサー率27% (139/514)
枯山水は、禅の極致を表現した永遠に新しい庭と言われているそうです。禅では、自己が「三昧」「無」になりきることによって自他一如の世界を自覚し、その自覚を通して出てくるものは、山川草木ことごとく神、仏であるとされています。