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武蔵野の雑木林の歴史について
東京都から埼玉県を中心に広がる武蔵野には少し前までは 雑木林が広がっていましたが、 もともと武蔵野の原風景は広大な草原だったそうで、 雑木林は江戸時代の新田開発にともなって植林されたものと知りました。 昔の人たちは、いったいどこからコナラなどのたねや苗木を入手したのでしょうか? 農家の家や畑の周りに植える苗木を扱う植木業者などが昔も存在したのでしょうか?
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- D-field
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雑木林には大きく分けると2つの成り立ちがあるといわれています。 ひとつはumaguriさんのおっしゃるように、新田開発(「新田」といっても主に畑)などに伴って近年になってから造成されたもの。 そしてもうひとつは、縄文時代から近年に至るまで日本でも連綿と続いていた「焼畑」を起源とするものです。(こちらも大変興味深いものですが、ご質問の主旨とは異なるので割愛します) 北武蔵野の三富新田周辺に今も広がる平地の雑木林などは、典型的な前者にあたります。そして、それらを植え育ててきたのは、雑木林に隣接する農家の方々です。 そもそも雑木林は、農家の生活に不可欠のものでした。武蔵野の例でいうならば、そこは火山灰を母材とした関東ローム層という貧栄養の土壌で覆われていたため、作物を育てるためには大量の有機質を肥料や土壌改良材として畑に投入する必要があったといいます。この有機質として利用されたのが、雑木林から得られる多量の落ち葉を積み上げて作った堆肥(腐葉土)でした。 十分な堆肥を得るために、一般的には畑の面積の数倍の広さの雑木林が必要だったと言われています。 (回答が規定の800字に収まらないので、続きは参考URLをご参照下さい)
- metalic
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普通に自分たちで種まきをして苗を育てていったんではないでしょうか? 時間はかかりますが、そう難しいことでもなさそうです。 http://www.cbr.mlit.go.jp/meishi/communication/donguri/index.html
お礼
回答ありがとうございました。 やはり普通に考えたらmetalicさんの仰るとおりですね。 山に近いところから徐々に雑木林が広がっていった感じですね。 あまり遠くの地域の苗木が植えられていないといいなと思ったことと、 江戸時代にもなるといろいろな職業が生まれてきて 現代の緑化業者も顔負けの緑化事業が行われたりしたのかな と考えたのが質問のきっかけでした。 面白いHPの紹介もありがとうございました。