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社民党(旧社会党)
旧社会党は55年体勢時には自民党と肩を並べるくらいの一大勢力だったと聞きます。 が、私が物心ついた平成に入ってからは見るべき影がないように思われます。「おたかさんブーム」などは覚えていますがいつの間にか党首が選挙で落選するような党になってしまいました。 そこで質問なのですが、国会内で一大勢力だった旧社会党が凋落するきっかけはなんだったのでしょうか?「おたかさんブーム」で盛り返したというからには、その前に一度勢力が落ちているということだと思います。その原因はなんですか?やはりソ連崩壊ですか?
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社会党、共産党、の思想の根底にマルクス主義的考えが流れている事が大きな現因です。結果平等主義は嫉妬の原理であり、強いものを悪、 弱いものが善なので理論的に繁栄しない考えだからです。権力を握ったものは権力におどらされましたね。ソ連、東欧、軒並みつぶれました。 日本も戦後、反体制勢力が大きな力を持ちましたが、時代は流れ、中道の立場を取ろうとしたのは、自然な流れでもあると思います。 もともとの理念が間違っているのですから、反作用として、元にもどってきたという事ですね。また、日本の賢い方々が間違いを指摘し続けたという事ですね。 また唯物論勢力としても、非常に自分たちの立場をかたくなに守ろうとする、卑小な存在となり果てましたね。今回の靖国問題でも、本当の国益が理解できないのは残念ですね。 左翼の大手新聞社のいい加減さなども広く知れ渡ってまいりましたし、 日本より、中国や北朝鮮を愛している方々が、勘違いに少しずつ気がついてきた、という事ですね。最近の頻発する事件でさらに加速的ですね。 近い将来、思想としては消滅する方向で、進んでいます。 唯物論国家は滅亡し唯物論は撃退されつつあるとしているという事、社会党も同じであるという事です。 (自民党や民主党の中にもいらっしゃるのは言うまでもありませんが、過半数はまともな方たちだという事だと思っています)
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- kicho
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順不動ですが私見です。 (1)せっかく非自民の連立政権ができて自民が下野したのに,これを潰して自民と連立を組んで再び自民を浮上させた張本人であること。 (2)自民連立で成立した村山政権が,天下の無能政権だったこと。このころ阪神大震災やオウム事件が起こったが,有効な手立てを打てずに後手にまわったこと。オウムに対する破防法適用に反対したこともしかり。 (3)政党自体が「何でも反対」で,護憲しか政策理念がない。野党第一党でありながら明確な政権構想も実績も政策立案能力もなく,万年野党に甘んじていること。 (4)外国のいいなり。特に北朝鮮べったり。拉致問題の初期時点においても北朝鮮のスポークスマン的役割を果たし,同胞を裏切った。北のゴロツキ独裁者・金正日一味が認めなければ,いまでも社民党は拉致事件自体を存在しないものとしていることであろう。 また,当時のソ連特殊機関から資金援助をうけていたことも報道されている。 (5)たしか消費税法案だったと思うが,これを阻止しようとして「牛歩戦術」なるぶざまな行為にでて,醜態をさらけだした。(これは社民党だけではないが) 以上のことから,ことごとくこの政党に対して失望し幻滅したのです。 むしろ議員数こそ少ないが,共産党の主張のほうが,筋が通っていますね。
- ipa222
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国民が社民党を見放したのは、北朝鮮の拉致問題です。北朝鮮や朝鮮総連の日本の窓口のような政党ですから。 しかし落ち目になったのは、健全な議員や支持基盤が民主党に移ったからです。 民主党に移れなかった人たち、民主党の政権を取るというスタンスにシンクロできなかった人たち(野党のままがいいと思った人たち)などなどが社民党に残ったのです。 その原因をさらに遡れば、小選挙区制だと思います。 中選挙区制ならば、一つの選挙区にテレビのチャンネルと同じくらいの議席があり、自民の派閥+野党1~2程度が当選できました。 小選挙区制は、選挙による政権交代を誘引することを目的としていますから、小政党が合併して政権の取れる野党をつくることが出来ると予想されていました。 結果、予想通り、過去二回の民主党の躍進は、社民共産の減った議席分増えるという図式になっています。 民主党も共産党との共闘や、社民党的候補者(キナ昌吉のような)を立てて、左翼陣営を取り込もうとしています。 社民党は、国会で効果的な質問をする能力すら無いようですから、もう長くないと思います。
- taroimo_hasami
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社会党衰退の原因は、現社民党が拉致問題での失策で急激に支持を失った事と、非自民連立政権後に(どのような理由があるにせよ)連立政権を飛び出して自民党と連立政権を作った事に対する支持者の失望、そしてその時に行われた大規模な政策転換、ソ連の崩壊、これらの複合要因によります。 No.6でdoidoranさんが指摘しているように、アメリカは日本の赤化(共産化)を懸念して自民党に肩入れをしていました(実際、非合法な形での資金援助があったとする新聞記事が数年前に出ています)。ですので、政権側としても徹底した野党対策が取れましたし、同時に自民党は全国各地に支持基盤を様々な組織として地面に深く根を下ろす戦略をとっていた為、社会党が選挙で勝利できる可能性はゼロでした。冷戦時代は親玉だったアメリカとソ連が非合法の熾烈な戦闘を各陣営国でやっていた為(その極端な姿が朝鮮戦争でありベトナム戦争でありアフガン侵攻なのです)、所属する陣営以外の国に政権が鞍替えする事など事実上不可能でした。 流れそのものはこんなところですが、左派勢力自体は、共産主義政党や社会主義政党の世界的な退潮は事実としても、現実路線としての社会民主主義勢力や第三の道を唱える中道左派勢力は全く衰退などしていません。欧州では極右の台頭と社民の劣勢が伝えられていますが、現実には移民政策に反発する人々が極右に投票しているだけで、社民系の政策支持が低下しているわけではありません。 つまり、形を変えて平等や公平を求める勢力はきちんと残存しているのです。勢力も全然衰退などしていませんし、ブラジルや韓国をはじめ現実に相当左寄りの政権が今尚誕生しています。 日本の話ですが、既に出ているように、民主党がどのような政党になるかにつきます。民主と社民が連携するか否かも鍵の一つです。数年前に起きた共産・社民の躍進現象が示すように、日本国内にも左派を支持する有権者はかなりの力を持っています。民主党がこれらの有権者の声に耳を傾けて中道左派に脱皮できるか、全てはここに掛かっています。 もう一つ。これは日本の事情によるものですが、階級社会化を迎えるにあたり、労働者階級の利益を代表する政党が必要とされる時代が必ずきます。その頃には、相当強力で、政権を担う確率の高い左派政党が誕生しているでしょう。
>これから先社民党が息を吹き返すことがあるのでしょうか?それとも消滅するのか、このまま超低空飛行のままつづくのでしょうか?非常に気になります。 これは民主党が躍進して政権交代を起こして民主党政権が出来るか、それとも自民党、公明党の連立政権が守りきって続くかが大きく関係してくると思います。 自民党、公明党の連立政権が守りきって続いた場合は社民党はこのまま単独で行くようですのであと一回か二回の総選挙を経て議席がさらに少なくなり政党として維持できなくなり消滅する可能性が高いです。 さらにもう一つの道は民主が政権を取っていない段階でも民主党と合併して民主党の中で左派として活動して自分達の意見を2割でも3割でも反映させていくかです。政権を取ったら連立するのですから可能性がないわけではありません。 民主党が政権を取った場合は社民党も連立に参加するのはほぼ決まりで、その状態が数年続けば今まで与党であったために利益誘導が出来て選挙に強かった自民党が苦しくなりかなりの離党者が出てバラバラになる可能性があります(細川政権時代がまさにそうでした)またそうでなくとも公明党がどう動くかわかりません、政権交代が起こるといろいろな政党がくっついたり離れたりはたくさん起きます、そうなると自民党はいずれの場合も苦しいのでそうなってくると政策本位の政界再編が起こる可能性が高まります。 そのさいには社民党のような小さい政党でも存在感を発揮してキャスティングボードを握ることも考えられます、そうなれば存在していくことになります、現在は小さくなったものの元々社会党を支持していた層が急に減ったわけではないので、それを戻すことが出来ればそれなりに議席も戻ると思います。
>旧社会党は55年体勢時には自民党と肩を並べるくらいの一大勢力だったと聞きます。 まず社会党は55年体制の時にも自民党と肩を並べるほどの大きな勢力を持ったことはありません。 全体として自民党の半分程度でとても政権交代を起こせるほどの勢力ではありませんでした。これは社会党自身が護憲が出来る国会で三分の一の勢力さえ維持できれば役割を果たしたと思って最初から本気で政権を取る気などなかったのです。また当時はソ連がありアメリカが社会主義の台頭を恐れて結果的に自民党を支持したのです、これで事実上日本では政権交代は起こらなくなり実際に社会党は総選挙で過半数の候補者を立てなかったのですから我々は絶対に政権交代が起こらない選挙をやってきたのです。 そのため自民党が50年間近くの政党独裁とも言える世界でも例がほとんどない長期政権になりました。 ですから、そもそも一大勢力でもなかったのです。 しかしその旧社会党が近年さらに凋落したのにはいろいろ理由があると思います、世界的な社会主義の衰退傾向も関係なくはないですが社会党は事実上70年代から80年代あたりには日本に社会主義を作ろうなどとは内部の人でも思っていなかったし投票していた人もそうは望んでいなかったでしょう、また作ろうと思っても実質上は作れなかったでしょう。 一番議席の減りが激しかったときはやはり村山政権のときで土井氏が議長になっている間に当時55年以来対立してきた自民党と連立してそれまで反自民と思って社会党を支持してきた国民に対する裏切り行為をやったのです。また当時の村山委員長は自衛隊は合憲だと認めていなかったのですが、過半数を割っていた自民党に担がれて一夜にして合憲へと変わりました。 そんな中で政権交代を起こす気すらない社会党のあり方に疑問をもった社会党内の改革派の議員の多くが民主党結成に参加しました。 それによりそれまで反自民として社会党を支持してきた国民の多くが民主党に投票するようになりました。 また国民意識の変化から護憲よりも改憲の方が多くなったことにより長年護憲を訴え続けて国会で三分の一を維持すること目的としてきた社会党の存在意義そのものが薄れてきてしまったのです。 それと選挙制度の改革により小選挙区では大政党に有利になるために、だんだんと野党は一本に統一されてきてしまいミニ政党になってしまいました。
- u1p
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下の皆さんの意見と同じですし、世の中の多くの(中立の)研究者も同じ結論だと思います。 ただ、私は端的に言いたい。 豊かな時代にアカは似合わない。 といった社会情勢の変化と、 具体的なアイデアも実績も無く、周りからキャンキャン騒ぐのは馬鹿な日曜のモーニングショーに任せておけば良いのに、党首らがそれをやってしまっている。 と言う、人材の面、でしょうか。
- tokimune
- ベストアンサー率27% (187/690)
1)昭和20年~55年はまだ日本が戦後の貧しさの中 米国が日本が本当に社会主義国になってしまわない か真剣 に心配した時代で貧富の格差があった時代 庶民の代 表としての社会党は、一大勢力を持って いました、 2)この頃を55年体制といいます、 3)しかし、日本が高度経済成長で庶民の生活が良く なってくると、貧民の代表としての社会党の地位が 急落してしまいました、 4)バブルの時代、「女性」「消費税」を打ち出した 土井党首が「マドンナ」ブームを起こし、次の 選挙でも勢力を伸ばし136議席となったが、この 一人勝ちに「公明」「民社」が離れ 5)このころより、世界の社会主義国がみんな崩壊 し、この流れで日本の社会主義も衰退していった のです、これにわをかけたのが「拉致問題での立 場」「秘書問題」「辻本問題」が次々に起こり 選挙民から愛想をつかれ、現在の勢力になったの です、 土井党首時代の躍進は社会党が本質的に持っている内容での躍進でなく、土井党首個人から来た物でしたが 世界的な社会主義の衰退傾向には勝てなかったということのようです、
- youngmoon5
- ベストアンサー率21% (69/314)
自民党と組んで村山政権をつくったところからですね。 その前は野党第一党なので、社会党に投じられた票は自民党気に入らない と言う票がかなりの割合はいっていたわけで、そういう人にとって裏切り行為 です。一番やってはいけないことです。 信用を得るのは大変、失うのは簡単、失ったのを取り戻すのはもっと大変ですね。
- バグース(@bagus3)
- ベストアンサー率29% (1973/6719)
社会党の支持基盤だった労働組合の 活動が弱くなったのも原因のひとつでしょうね。 私が一番情けなかったのは、それまで野党第一党 として自民党をとことん批判してきたのに、 その自民党とくっついて、党首の村山さんを 首相にしてもらったことです。 あれで社会党は存在価値をなくしました。
お礼
この短時間にみなさんありがとうございます。大変失礼ですが皆様に一括でお礼を申し上げることをお許しください。 くわしい説明ありがとうございます。 よく55年体制の崩壊という言葉を聴きましたのでなぜ崩壊したんだろう。ソ連が倒れたからかなと思っておりました。 55年体勢のころ、社会党が支持率1%になるとは誰もが思っていなかのでしょう。 これから先社民党が息を吹き返すことがあるのでしょうか?それとも消滅するのか、このまま超低空飛行のままつづくのでしょうか?非常に気になります。