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数学や物理学に終わりはあるのか?

数学者や物理学者って頭が良いじゃないですか。 しかも、学者になるレベルの人間であれば小中学生のころから大学レベルの問題を理解できて当然みたいな感じがあります。 つまり一般人レベルの人間には無関係な世界で、そんな頭の良い人たちが毎日毎日なにかしらのことを考えても理解できない難問に終わりはあるのか疑問です。

みんなの回答

  • Winter_5
  • ベストアンサー率28% (8/28)
回答No.6

「おわりはありません。」 わかりやすい例として、新型ウイルスのワクチンを開発した カタリナ・カリコ博士の例で言います。 カリコ博士はワクチン開発の功績で、今年ノーベル賞を 受賞しました。しかし、どうでしょう? しかし、このワクチンのせいで、副作用で死亡者が出ています。強い副作用のせいで、歩けない患者が出ています。 寝たきりの患者が出ているのです。 これは、このワクチンがまだ未完成であることを証明しているのです。 来るべき日には、副作用0のワクチンが作られるものと思います。

回答No.5

終わりは、ないのでしょうね。ただ、AIが、すべての問題を解決してしまうかもしれませんね。

  • staratras
  • ベストアンサー率41% (1498/3648)
回答No.4

荒野の真ん中に家を建てて周囲を開拓していくようなものではないかと考えます。 昔、人知が未開の時代には既知の部分がわずかで、未知と既知の境界というか知の最前線である「解明中」の部分も少ししかありませんでした。 現代は、昔に比べれば既知の部分が少し広がりましたが、その分だけ最前線の「解明中」の部分も長大になっています。将来はさらに既知の部分が広がるでしょうけれど未知の部分はなくなりそうにありません。 たとえば日食が月が太陽を隠す現象であるということを理解していた古代の優れた天文学者でも、太陽の光と熱の源が核融合反応であることは(仮に現代の学者が説明したとしても)理解不能でしょう。単純に太陽を「天空で燃える火」と考えて「謎だとは考えない」方が、古代の科学のレベルではむしろ合理的ではないかと思います。 それが科学的な疑問に感じられるようになったのは、19世紀になって、石炭が燃焼していると仮定すれば五千年程度しか太陽の光熱がもたないという計算が登場して以後のことです。 つまり私たちは「科学が進歩するほどわからないことも多くなる」、もっと厳密に言えば「科学が進歩するほど『こんなことがまだわかっていない』と認識できるようになる」のです。 このため「これからどれだけ科学が発達しても絶対に解明されない謎もある」、というより「これから科学が発達すればするほど『これは解明されていない謎である』と認識できるようになる」のは確実で、「数学や物理学にも終りはない」だろうと考えます。

  • takochann2
  • ベストアンサー率36% (2420/6678)
回答No.3

終わりは見えていません。五里霧中の中で目の前にかろうじて見えているものを手探りで探求しているといった印象です。

  • Reynella
  • ベストアンサー率51% (550/1068)
回答No.2

終わりはありません。それは別に数学、物理学に限ったことでもありませんけど。 物理学、化学、生物学、天文学、地質学、あと考古学や歴史学などは「技術の進歩」によって想像を超える進歩をすることがありますね。例えば光学顕微鏡が発明された、電子顕微鏡が発明された、走査型プローブ顕微鏡が開発された、と技術が進歩するたびにそれまで見えなかった物が見えるようになり、それまでは「単一の粒子」だと思われていた物がそうではないことがわかる。理論から「こういう天体がここにあるはずだ」とされ、それを見つけるために技術開発が進む。科学技術が進歩したことで考古学上の新たな調査が出来てそれまでの常識が覆る。そして新たな謎がうまれ、それを探求し始める。 大抵の学問はそんなことの繰り返しでしょう。

  • 4500rpm
  • ベストアンサー率51% (3211/6286)
回答No.1

終わりはないです。 一つ解決しても、わからないことはこの世にたくさんあります。 質問者さんがお考えになっている人々(以外も)は、一つ解決して論文を書き上げても、またすぐ次に取り掛かったり、いくつもの問題を並行して研究しています。 なので、終わりはないと思います。

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