- ベストアンサー
ニーチェについて
画像にある言葉について、よく理解できないので、皆様の意見や思い、考え、具体例などを混じえて、何でも良いので、こういうことをいっているということを教えていただきたいです。 よろしくお願いいたします。
- みんなの回答 (4)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
以下のとおりお答えします。 かつては大いに意気投合しあった我々だったが、目指すもの、理想とするものが互にかけ離れてきてしまった。これまでは、同じような理想を掲げて同じ船に乗ってきたが、こうなったからには、今後は別々の船で、別々の航路をたどり、別々の目標に向って進むことにしよう。ただ、知っておいて欲しいことは、たとえ短い期間であっても、互に理想の星を語り合い、交歓し合うひと時を共有したことは、生涯の宝と評価して忘れないし、今後も互に尊崇の念を持ち続けることは永久に変ることがない、ということである。友よ、三角形の底辺の異なる2点がともに頂点に向って伸びるように、これからは別々の経路をたどって理想の星を目指そう。そうして、それぞれに自分自身を高めよう。 *文面からうかがえることは以上のとおりですが、『哲学事典』などによれば、本文中の「我々」とは、おそらく私ニーチェと音楽家ヴァーグナーのことを指していると考えられます。ニーチェと彼ヴァーグナーとは一時期親交があり、ニーチェはヴァーグナーの楽劇『ニーベルンゲンの指環』を賛美したが、その直後あたりから、彼の耽美的傾向や神秘的趣向に違和感を覚え、袂を分かつに至ったものと推測されます。なお、『悦ばしき知識』は、いわば「創造の喜び」をめぐるニーチェ晩年の著作ですが、45歳で発狂したために未完のまま遺稿となったようです。
その他の回答 (3)
- 5555www
- ベストアンサー率49% (143/291)
私たちは、生まれたころには、それこそ広大な宇宙が小さなカタマリであったのと同じように、小さく、ひとつにまとまったものであったが、時の経過とともに、互いに疎遠になってきた。しかし、それは当然のことであり、恥ずかしがる必要はない。私たちは、それぞれに目的地も目的地に向かう道順も異なるのだから。お互いに離れていき、異なった道を歩むこと、これは、宇宙のみならず人間を支配する法則なのだ。 道は異なっても、お互いに、尊重すべきであり、そこにこそ人類が生まれ、生きていく意義があるのだ。これは個人個人にも言えることです。 人類や個々の人々が歩む道を優しく包み込んでくれるような宇宙の原理があるのです。このことを理解する必要があるのです。しかし、私たちの人生は短く、私たちの能力は、このことを理解するにはあまりにも及ばない。 だったら、私たちは、国家同士として、また信仰する宗教として、また、それぞれの生き方として、相争い、相いれない者同士、お互いに理解し合えない同士かも知れないけど、せめて、もともとは一つのものから生まれてきた、小さい存在ながらもお互いに一つであったということだけは信じようではないか。 と、私なりに理解しました。真意のほどはまったく分かりません。ましてやニーチェなんて、到底私の理解の及ぶところではありません。
- 畑 茂夫(@Flareon)
- ベストアンサー率28% (459/1605)
- abci
- ベストアンサー率10% (10/92)
偶然の産物。