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明治政府の借金とは?
- 明治政府は、江戸幕府の借金を引き継ぎ、外国からの借金も含めて返済していた。
- 明治政府は法的に江戸幕府の借金を引き継ぐこととなり、外国からの借金も返済していたが、ソ連の場合はロマノフ家の借金を引き継がなかった。
- 明治政府は借金の責任を徳川家に帰属させたとされ、天皇陛下の番頭という立場からの払いも求められた可能性がある。
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質問者が選んだベストアンサー
幕府の債務だけでなく、廃藩置県後には諸藩の債務も明治政府が引き継ぎました。ただし、対外債務は交渉で92%に圧縮のうえ現金償還しましたが、内国債務は天保14年(1843)以前のものを帳消しにするなどして全体の47%を削除したうえ、政府の公債証書を交付して引き継いだ債務も無利息50年年賦という極めて不利な償還条件で、事実上デフォルトに近い状況だったいわれています。 <参考> 大森徹「明治初期の財政構造改革・累積債務処理とその影響」 https://www.imes.boj.or.jp/research/abstracts/japanese/kk20-3-3.html
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- gunsin
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借財の引継ぎ、返済については既出の回答の通りです。 只、幕府の借財は、多くは無かったと思います。 佐渡の金が少量であるが、産出してました。 勘定奉行の小栗上野介は絹の独占販売権などを担保にフランスなど から借り入れしてました、商売人としても、超一級のお役人様です。 小栗上野介は、利根川の河原で武士の最大の恥辱で有る、斬首刑 にされました、官僚を殺すなんて、維新政府の行き過ぎた行為で、 有能な人材を失わせたのは、大きな損失ですね。 諸藩の借財は廃藩置県で、踏み倒され、大阪商人は大きな痛手を 負いましたが、数年後には立ち直りました、大阪商人の商人魂は、 凄いとしか言いようが有りません。
お礼
小栗上野介は斬首刑ですか。たまったものじゃありません。明治政府は革命政権ですからやはりおそろしい一面があります。あと大坂商人の立ち直り、これは頼もしいです。農民がコメを作るように商人は商売を続ける、これが明治の日本。新しい世の中になったのだからむしろ今こそ稼ぎ時と考えたんでしょうね。ご回答ありがとうございまた。
- oska2
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>明治になってから明治政府はその前の江戸幕府の借金を引き継いだのですか。 どこかの国と異なり、新政府は「幕府・各藩の借金を継承」しています。 どこかの国の様に、政権が代われば「前政権時の政策・対外条約協定・借金は、全て無視する」のだと楽なんですがね。 幕府が締結した諸外国の条約も、新政府は無効としないで継承しました。 もちろん、条約の内容については「改定交渉」を行いましたがね。 条約締結諸外国も、新政府の「国際法に従った対応」を信用し条約改定に応じました。 国内的にも、幕府・各藩の正式な公正な債務と認めたものは新政府が引き継いで返済しています。 怪しい債務については、継承を拒否しています。 まぁ、債権者としても「債券が紙くず」になるよりは「1円でも回収」したいので新政府に協力的でした。
お礼
そう言われてみれば借金だけでなく「前政権時の政策・対外条約協定・・・」も引き継いでます。確かにそうでした。そのために明治政府は相当苦労しましたがその苦労のおかげで諸外国の信用も得られたのですね。それが今に至るまでの我が国の対外的信用につながっている。明治の人たちはほんとに立派だった。oska2さんのご回答を読んでお金以上に大事なことがあったと気付かされました。ご回答ありがとうございました。
- f272
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明治政府はその前の江戸幕府の借金と各藩の借金を引き継ぎました。 まず初めは,明治政府の方針として幕府(静岡藩)と各藩が負担すべきものとして取り扱いをしましたが,廃藩置県以後は明治政府が負担することにしました。このときに債務の額を申告させましたが,藩債,藩札,外国債のすべてを認めたわけではありません。幕府が棄捐令を発する前の藩債などは切り捨てられましたし,各藩の藩主や家臣団の私債と考えられるものは引き継ぐことはありませんでした。藩札については時価で再評価して政府紙幣に変換しました。これらの内国債務の切り捨て率は47%と見積もられています。 外国債については現金で即時償却することを条件にして7.8%引きにして残りの92.2%を明治政府が償還しました(このうち2割は各藩の資産を没収した分で賄った)。
お礼
やはり借金返済は不完全ながらも誠実に対処したのですね。不完全とはいっても当時の明治政府にとってはそれがぎりぎり線だったのでしょう。だから債権者もそれを理解して納得したのだと思います。ご回答ありがとうございました。
お礼
ご回答ありがとうございます。やはりわが日本です。ソビエト政権などとは違って100%ではないが十分誠意を示した、ということですね。安心しました。明治になってからしばらくは日本はいろいろ苦難も多かったですがこのような誠実さがあったから日本の味方をしたくれた国も多かったのですね。
補足
「お礼」文の訂正。最後の行。 →×「日本の味方をしたくれた国も多かったのですね。」 →○「日本の味方をしてくれた国も多かったのですね。」 申し訳ありませんでした。