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神社とお寺にある手水舎について
神社とお寺にほぼ必ずある手水舎。神道では左手のほうがより神聖なので、左手を先に洗うと聞きましたが、調べたところ、お寺でも同じように左手を先に洗うと書いてありました。お寺でも左手を先に洗うのはなぜですか?仏教でもやはり左手が神聖とされているのでしょうか?
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神道では、左と右では、左が「高位」ではあります(左大臣が右大臣より上)が、「神聖だ」というのは寡聞にして聞いた記憶はありません。 他方、仏教はヒンズー教の影響を強く受けており(例えば神様の多くが共通)、ヒンズー教では右手が「聖」、左手は「汚」だったと記憶しております。左手は大便をこすり落とす手、右手は御飯を食べる(てづかみ)手、だったと。 したがって、仏教でもそうだと思います。 つまり、仏教で左手を先に洗うと決まっているとしたら、それは左手が聖なる手だからではなく、汚れているから先に洗うという趣旨だと思います。 汚れた左手で、汚れたままで、ひしゃくを持てば、ひしゃくも精神的に汚染されてしまいますからね。 ただ、仏教では、数珠は左手で持つんです(持ち歩くとき)よねえ。以前、不思議に思って調べたのですが、理由は分かりませんでした。
お礼
ご回答ありがとうございます。私もネットでなぜ仏教でも手舎水を左手から洗うのか、不思議で調べたのですが、わからずじまいです。ただ、お寺での手水舎のやり方の手引きには、左手から洗うと、神社での時と同じように書かれてます。 お寺にも鳥居があったり、神仏習合で両方の特徴が一緒になっているから、お寺でも神道の影響で、左手を一緒に洗い始めたということでしょうか。本当のところはまだわからないですね。私ももう少し調べてみます。