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小一時間
この言葉の意味が「一時間ほど」に定着したのはいつ頃でしょうか。
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- SPS700
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典拠となった辞書を教えてくださってありがとうございました。 僕のは昭和39年の第一版第十二刷ですが、、確かにおっしゃるとおり 「数量の半分の意をあらわす」という定義が④にあがっています。 これを読んだ時になぜ「この言葉の意味が「一時間ほど」に定着した のはいつ頃でしょうか。」という前提の間違った質問がなされたのか、 僕がそれまで三十分の意味で「小一時間」を聞いたことがないのか 一時に解消しましたのでご報告申し上げます。 この「小」の項を見た時、二つのことが目にとまりました。 1。④の意味だけ、他と違っていること。 2。④の用例として、「~半斤」と「~なから」が上がっていること。 すなわち④の根拠になっているのは「小」そのものの意味ではなく、 「小」の次に来る「半」や「なから」の意味だということです。辞書と してはかなり初歩的な間違いですが、弘法も筆の誤りの例でしょう。 僕の挙げた『大辞典』は昭和49年の第一版なので、当然編著者たちは 先学の辞書類には目を通しているわけですが、④を採らなかったのは 当然のこととはいえ、さすがと思います。 これで疑問点が全て氷解いたしました。改めて御礼申し上げます。
- SPS700
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#3です。補足です。 >>> 「一刻」は二時間です、ですから「半刻」は一時間です。 そうですね(正確には「約●時間」と言うべきでしょう)。 ご訂正ありがとうございます。日の出から日の入りまでを6等分したので、おっしゃるとおり、「約」二時間というべきでした。 >>そして「小」が付くとその半分の時間になります。 kれは間違いです。 >>ですから明治時代に「刻」から「時間」に単位が変わった際も(約ではない)一時間の半分という意味で小一時間という使われ方がされたのはごく自然な成り行きと言えるでしょう。 これは、間違った人もいるだろうという憶測です。 >>さて、私の質問事項はあくまで「小一時間の意味が変化したのは何時か」であり、その他のことは尋ねていません。 僕の回答は、あくまで、「小」の意味は変化していない、という点です。
お礼
ありがとうございました。
補足
> kれは間違いです。 間違いではありません。小半刻は半刻の半分です。そこから転じて当初小一時間が一時間の半分の意で使用されたということです。 > 僕の回答は、あくまで、「小」の意味は変化していない、という点です。 それは何とか大辞典が根拠のようですが、他の辞書には「半分の意」明記されているという点は既にお話しした筈です。ちなみにそれは広辞苑です。 さて、再々申しますが「この言葉(小一時間)の意味が「一時間ほど」に定着したのはいつ頃でしょうか」というのが本質問の趣旨で、「小」の意味が変化したどうかではありません。質問の趣旨に沿って答えていただけなかったことは大変残念です。
- SPS700
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#3です。補足です。 >>横溝氏が小説の中で「小半刻(小一時間)」とわざわざカッコ書きしている点はどう思われますか。また現在でも小半刻は半刻の半分(約30分)です。「小」に半分の意味があるのは現実です。 ある辞書に書いていないからその意味は存在しないというのは乱暴だと思います。辞書は頁数の関係等でその出版時にはあまり使われなくなっている用法の説明を省くこともあるでしょうから。ちなみに我が家の国語辞典には「半分の意」との説明もあります。 これは江戸時代の「刻」を一時間と間違えたために起こった事柄です。下記で明らかなように「一刻」は二時間です、ですから「半刻」は一時間です。 http://www.osakaapple.net/osaka/osaka12.html
お礼
> 「一刻」は二時間です、ですから「半刻」は一時間です。 そうですね(正確には「約●時間」と言うべきでしょう)。そして「小」が付くとその半分の時間になります。ですから明治時代に「刻」から「時間」に単位が変わった際も(約ではない)一時間の半分という意味で小一時間という使われ方がされたのはごく自然な成り行きと言えるでしょう。 さて、私の質問事項はあくまで「小一時間の意味が変化したのは何時か」であり、その他のことは尋ねていません。
- SPS700
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#3です。補足です。 >>それにもかかわらず作者というか作品中の語り手である「僕」は、作品中「彼をやや小一時間も待たした後あとで・・」の1か所以外小一時間という表現を使用していません。このことは作者が小一時間を「一時間ほど」とは別の意味(多分小半刻と同義)に捉えているいることを示唆していると私は考えます。さもなければもっと他にも小一時間の表現が出てしかるべきですからね。 >>つまり昭和に入ってからもある程度の時期までは小一時間が30分の意味と認識されていたのは間違いなさそうです。 僕は「小一時間」が30分というのは初めて聞きましたし、『日本語大辞典』の「小」の項にも、半分という意味はありませんので、別に問題を感じません。 ですから「彼をやや小一時間も待たした後あとで・・」が、30分という意味だとする根拠にはならないと思います。
お礼
横溝氏が小説の中で「小半刻(小一時間)」とわざわざカッコ書きしている点はどう思われますか。また現在でも小半刻は半刻の半分(約30分)です。「小」に半分の意味があるのは現実です。 ある辞書に書いていないからその意味は存在しないというのは乱暴だと思います。辞書は頁数の関係等でその出版時にはあまり使われなくなっている用法の説明を省くこともあるでしょうから。ちなみに我が家の国語辞典には「半分の意」との説明もあります。 繰り返しますが、私は「小一時間に30分の意味はあるか」という点については疑問を持っておりません。質問しているのは現代のように「一時間ほど」に意味が変化したのは何時かという点です。
- SPS700
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#3です。補足です。 >> 以上のことを考えると、作者は「一時間」と「小一時間」を明確に区別しているように思われますが、いかがでしょうか。 これらの現象が同一なら、区別しない、立場だと思われます。 別々の場合なら、区別していると思われ、語源に近い立場だと思います。
お礼
再度のご回答ありがとうございます。 漱石の「彼岸まで」の「小一時間は」一時間ではなく、恐らく三十分だろうと思われますが、これは推定の域を出ません。 対して回答No1、hue2011さんへの補足で述べました横溝正史の作品では、作者が「小半刻(小一時間)」と明確に記しています(執筆時期が不明ですが、当然昭和期)。これを「一時間ほど」の意に解釈するのは困難でしょう。つまり昭和に入ってからもある程度の時期までは小一時間が30分の意味と認識されていたのは間違いなさそうです。その認識が大きく変化したのはいつ頃か知りたいというのが本質問の趣旨です。
補足
「現象が同一」の意味がよく解りませんが、要するに私が言いたいのは、先の補足で示した「一時間」が使われている例文はいずれも現代語で言う所の「小一時間」に相当するということです。それにもかかわらず作者というか作品中の語り手である「僕」は、作品中「彼をやや小一時間も待たした後あとで・・」の1か所以外小一時間という表現を使用していません。このことは作者が小一時間を「一時間ほど」とは別の意味(多分小半刻と同義)に捉えているいることを示唆していると私は考えます。さもなければもっと他にも小一時間の表現が出てしかるべきですからね。
- SPS700
- ベストアンサー率46% (15297/33016)
『日本語大辞典』(小学館)の「小」の(4)には、「数量を表す名詞、数詞の上に付いて、その数量にはわずかに及ばないが、ほぼそれに近い意を表す。およそ、ほぼ」とあります。 時の長さでは、浮世床の「こ半年」が、「小一時間」の用例は、当然明治以後になりますが、夏目礎石の『彼岸過迄』が上がっています。
お礼
ありがとうございました
補足
「彼をやや小一時間も待たした後あとで・・」という件がありますが、これが「一時間ほど」という意味で使われているのでしょうか。ちなみに同作品中で「小一時間」という語が使われているのはこの1か所のみです。また、同じく同作品中に次のような件が見られます。 「僕が別荘へ帰って一時間経たつか経たないうちに」 「浜に下り立ったのはそれから約一時間の後であった」 「僕は一時間ほど書物を伏せたり立てたりして少し草臥くたびれたから」 「一時間ばかりして僕はむしろ疲れた顔を」 「それで約一時間ほど須永すながと話す間にも」 以上のことを考えると、作者は「一時間」と「小一時間」を明確に区別しているように思われますが、いかがでしょうか。
- msMike
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「いつ頃」? 最初からではないの?それとも最初はこうだったという根拠をお持ちなのですか? 「病院で小一時間(こいちじかん)待たされた」 これ、私には「一時間(には満たないけど)近く」に聞こえます。 何れにしても接頭辞「こ(小)」は程度が小さい、軽いことを表現しているかと。 小馬鹿(こばか)、小汚(こぎたな)い、… でも、次の例はサッパリポンです。 小ざっぱり、小童(こわっぱ)、小僧(こぞう)、小娘(こむすめ)、小手先(こてさき)、小奇麗(こぎれい)
お礼
> 最初からではないの? むしろその根拠をお尋ねしたいと思います。
- hue2011
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江戸時代以前には、時刻をトキといって数えていました。 ひとつ、ふたつ、三つ、蕎麦屋さんいまなんどきだえ、へえ四つでございます、五つ六つ七つ、というのが落語のとき蕎麦ですが、「なんどき」だと言っています。 1時間なんていう感覚はありません。 それは別に明治維新になったからといって切り替える必要なんかないわけです。 そもそも月齢の考え方に連携した時間の数え方だから、必ずしもいっときが2時間というわけじゃないのです。 明け六つ、は夜明けのときについた鐘です 暮れ六つ、は日暮れの時についた鐘です。その明け六つと暮れ六つの間2を6で割っていっときとしたので昼と夜でいっときの時間は大幅に違いました。 ここで、ドンというものができた。定時にドーンという音がして、正午だということが分かるようになったんですね。このドーン、はグリニッジ時と連動してやっていました。むしろドンの間を何等分かにしたほうが計算は楽になり、何よりも「時計」になじみます。 水戸黄門の時代から西洋時計はありましたけど、市民が手にいれるようになったのは明治時代です。 これは、なんどきだの時代から考えたらわかりやすいし読みやすい。 4時半なのにもう日が暮れたわ、これから冬になるからなあ、みたいな会話ができるようになったのです。 人と待ち合わせをするときに、この時計を使うのは有効で、四つで本郷で、という約束だとわからないけど、8時にかねやすで、なら明確です。 あちこちに大きな時計が生まれるようになったからです。 しかしながら、個人で時計をもって出かけるというのはよほどの人間だけで、懐中時計なんていうのは金持ちがときどき懐を覗いてふふと笑う程度のものでした。 それを、全員が同じものを共有して持つようになった事件があって、1925年大正14年、ラジオ放送が始まったのです。ラジオは時報を放送しました。 当初の番組は、報道というより演芸が多く、邦楽、洋楽、落語、演劇、といったものだったので、普通高いお金を払って見に行ったものが毎日聴けるので一気に受信者数が増えたのです。 さて、例えば菅原伝授手習鑑みたいなものを放送しようとしたとき、どうしても編集が必要になります。今だったら録音をカットして作ればいいですけど、当時は生放送ですから芸人さんに言わないといけない。申し訳ないけど1時間で納められないですか、と頼むのです。「だったら梅王の出番がなくなるな」「いや、松王の口上を短くして」みたいに芝居の連中は自分で台本を編集し、きっちり1時間に収めるような芸をしてのけたのです。 このときにできた言葉が小一時間です。 ぴっちり1時間でというのではなく、1時間に収めてほしい、開始時にはアナウンサーが「本日は菊五郎さん、羽左衛門さん、・・・」というように紹介メッセージを使いますから多少の時間は欠けることになります。そこで1時間には達しないけどほぼ1時間でやってくれという依頼をする用語として発生したのです。 もちろん、最後の最後にタイムダウン、といくとは限りませんが、最悪きられたとしても大丈夫な手加減をします。また、時間が余った場合はアナウンサーが「いかがでしたかお楽しみいただけましたか」と埋めるのです。 したがって、1925年、がお答えです。
お礼
ありがとうございました。
補足
他の質問サイトに「小一時間とはこの小半刻を現代風に呼び変えたもので、本来は30分ばかりの時間をさしましたが・・」とあります(ここで言う現代は明治時代だと思いますが)。別にそれを根拠にしているわけではなく、私自身半刻(約1時間)に「小」を付けると半分の時間を意味するならば、小一時間は当然30分だと理解していました。 ちなみに横溝正史の「人形佐七捕物帳」の中に次のような件があります。 「それから小半刻(小一時間)ほどのちのこと」 「辰と豆六は小半刻限(小一時間)ほどねばっていたが」 この中のカッコ書きは小半刻の意味を知らない一般読者への説明と思われます。つまり彼は、「小一時間」と補足説明を入れれば読者は理解すると考えたのでしょう。 そういう感覚が一般的でなくなったのはいつ頃からだろうか? それが本質問の趣旨です。
お礼
ありがとうございました