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住み分け、分断は加速するのでしょうか?
学習障害やアスペルガー傾向が遺伝している家系で より親近感や共感や理解ができる同類と結婚しているケース。 虐待的な躾けや愛情飢餓の後遺症を抱え学業への集中を欠いたり、 情緒の不安定さからストレス過多にならない職業が限られ困窮したり、 我が子へ自分が浴びた仕打ちを自己正当化し浴びせて連鎖を招いたり。 家業を継ぐ事が生きる道だった時代が終わり、 起業や就職が当たり前の時代になりましたが、 貧困の連鎖というワードもありますがその裏で また少し違った連鎖というか抜け出し難い泥沼がある様にも見えます。 そして人は何気ない金銭感覚、消費感覚があまりに合わない人でなく、 常識や倫理観があまりに合わない人ではなく、 比較的自分に近しい人に安心や居心地の良さを感じ結婚し家庭を築く様な 住み分け、分断的なものが定着が進んでいる様な気がします。 こうした流れは今後、止まるでしょうか? 加速するでしょうか?
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- migiug
- ベストアンサー率19% (22/111)
まず学習障害やアスペルガー傾向が遺伝するという話はこれは差別意識から作り出された作り話でしょう。 学習障害もアスペルガー症候群も科学的に不明瞭な部分が多く、そういう人がいるという存在は分かっていますが、多くの場合 見分けが付かないというのが実情です。増してやそれが遺伝するなんてのはトンデモ科学系の話です。 現状、ある権威者がこの人はアスペルガー症候群ですよ と設定したらその人はアスペルガー症候群ですが、ある権威者がこの人は普通の人ですよ と設定したらその人はアスペルガー症候群ではない人になります。客観的事実がとぼしく、また日本でその手の研究予算が削減されることがあっても、積極的に問題対処をしていこうとする動きもないというのが実情です。 人間、共感性を求めることもあれば、同族嫌悪したりするものでもあり、その手の人たちが磁石のSとNのように引き付け合うようなことはないでしょう。特にその手の障害が恋人関係の素因になるというのはちょっと無理があると思います。 また虐待は親から子供へ連鎖するという話もありますが、あれは相当に大雑把な話で、そういう人もいる、悪循環に陥る人がいるという話であってみんながそうなる訳ではありません。あの話はどちらかというと暴力批判広告の意味合いの方が強いでしょう。
- catpow
- ベストアンサー率24% (620/2527)
「この世」は、資源・金銭・労働力などが有限です。 ですので、「住み分け、分断が良い」と思えても、「部屋が足りない、お金が足りない、人手が足りない」などの理由で無理なことがあります。 幸福の科学の教えですと、死後、「あの世」で生活する霊存在になれば、「食べ物いらない」「睡眠いらない」「トイレいらない」生活なので、それらの制限から解放されます。 でも、霊になって、肉体的障害は回復しても、精神的問題(学習障害、アスペルガー)は、残るみたいです。 そして、「食べることより数学が好き!」「食べることより発明が好き!」っていう学者・研究者タイプの霊と、「他人のスキャンダル大好き!」という一般大衆的な霊は、一緒に生活できるとは思えないように、あの世では、住み分けて、離れて暮らしているようです。 まあ、自分と意見が合う人(霊)だけと暮らすほうが、ケンカなどが起こりにくくなるから、当然でしょうけど・・・。 ということで、金銭や労働力問題がすべてクリアされた理想的な世界では、究極的な「住み分け、分断」が行われるということのようです。 なので、AIやロボット、通信技術などの発展で、金銭・人的資源の制限が減って、「この世」が、「あの世」の状況に近づいていけばいくほど、住み分け、分断が進むでしょうね。
お礼
>究極的な「住み分け、分断」 そうなって行くんでしょうか。 しかし同時に全人類の価値観は1点に共通して行く予感もあります。 ご回答ありがとうございます。
- KoalaGold
- ベストアンサー率20% (2539/12475)
時代の移り変わりが速くなり、生き方もそれに合わせるように変換しやすくなっているように思えます。 その昔江戸時代ころは子供、大人という二つしかなかったようで、子供から大人に変換するのが12歳、青春や人生の彩りとなるものは大人としての生活の中でしかなく、老後もなくひっそりと消えていったようです。 が、今は子供時代でも細分化され、幼児、学童、少女時代、中学、高校、大学、バイト、就活、婚活、妊活、子育て、熟年バイト、孫、老後。その人生の段階に合わせた消費活動もあり個体差が激しく一般的平均家族像が当てはまらなくなりました。 いわば時代が嵐に飲み込まれたようで、一人一人が少しづつ歩み、少しずつ休み、雨量や風速を見ながら進める人は進む、そんな状態です。それは住み分けと言えるのかもしれません。 >より親近感や共感や理解ができる 自分が休みたい時は弱っている時、こういう共感に囲まれて穏やかに土語したい時があるでしょう。そして元気が出てきたら次にチャレンジするために、一歩前に出ることができます。 社会全体に元気や怒りや大きな意思が出たらガンガン前に出る力が湧いてきて、そうなれば全体社会主義みたいにまとまることもあるでしょう。
お礼
生き辛さを抱える当事者達が見ている親族全体の様子と かなりの隔たりがある気もしますが、個人の体験は偏るものですね。 ご指摘ありがとうございました。