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子供の忘れ物問題に悩む私のストレスと解決法
- 子供の忘れ物問題に悩む私。何度言っても出来ない、朝の確認も忘れる。メモを書いても忘れる。小2の子供が学校に忘れ物をしてしまうことが続き、私はストレスを感じている。
- 学校への取りに行く必要があり、先生に連絡し授業の予定を聞くことも。子供の学力は普通級のOKが出ているが、私は毎日2時間も子供の宿題・勉強に付きっきりで、他の子供と比べて遅れを感じる。
- 私は子供を可愛いと思いながらも、なぜ私だけが頑張らなければならないのか、他の子供は何でも出来るのにと悩む日々。ため息をつきながら、気持ちの切り替え方を知りたいと思っている。
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主様、頑張りすぎてはいけませんよ。 >気持ちの切り替え方が・・・ 少し違って、考え方の方かもしれませんが。 夫の連れ子を含め4人の子どもを一応育てました。立派にではありませんが。 同じ遺伝子を持っているはずなのに個体差は歴然です。 末娘(今春大学に入学)が、本当にゆっくり成長組でした。 同じ年の子どもたちと並ぶくらいになったなと感じられるようになったのは高校生になった頃です。高3の時も担任から「忘れん坊No.1」と言われるくらい大事な書類を忘れて取りに行ったり帰ったり。 私の考え方が変わったのは小3くらいの授業参観後です。 習字の作品が教室に貼られていた中に、ひときわ目立つ下手な作品。それが我が娘のでした。 すごく恥ずかしいと思った自分がいました。 それは子育てを手抜きしてるわけじゃないのに成果が見えないと思ってしまっている自分に対しての他人の目。あの子のお母さんと思われる自分。 本人は宿題を忘れても運動が全くできなくても自分は自分でしかなく、できることをやっているんだと解っていました。 親と名のつく者になって10年以上経って初めて気づかされました。そんな子もいるんだと。 じゃあ、親として何ができるか。この子が得意なのは何か、好きなことは何か、何に興味を示すのか。 そっちから伸ばして自信をつけていきながら、親は味方だと見守っていこう。 先生方にもずいぶん助けていただきました。 勉強や運動ができなくても、何か小さなことでもみんなの役に立ちたいという意識が突出していたので、先生の用事の手伝いや少人数での作業に積極的に参加せてもらい、6年生の時にやっと人っぽくなってきた感じ。 中学で「人間」という、関係を築ける者になり始め、それまで、努力しない学年1位の汚名をいただいていたのが、進学先を決めた途端急激に成績が伸び、自分のやりたいことや将来のことが少し考えられるような子に変わっていきました。 兄や姉の中で、1番のできそこないみたいだった末娘が、今では1番の頑張り屋さん。高校での成績は4人の中でダントツ。学校推薦で行きたい大学にも入れました。運動は結局できませんが、本人曰く「私は負けることに違和感が無く、抜かれても気にならないから、強いと思う。」だそうです。 約50年生かされてきて、はっとしました。 負けず嫌いできた私の方が、人生で理解しきれていないことが多いのかもしれない。 そこには確かに私が産んだけれども、明らかに私とは別の人格で別の考え方を持った娘がいました。 長い目で、そして優しい目で育てていってください。 主様の努力は決して無駄にはなりませんが、無理は禁物です。
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- nosamajin
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あまり子供さんを他所の子供さんと比較しないことです。 子供の成長速度は皆一律ではありません。 覚えるスピードは速い子もいれば、遅い子もいるのです。 私が親から叱られた時に一番嫌な叱られ方が「○○さんの家の○×君はちゃんとやってるのに、あんたって子はどうしてそんなに忘れっぽいの!!」とか、「××さんの×○ちゃんは宿題をちゃんとしてるよ!!」という具合に他の子と比較される叱られ方です。 これが子供の心を一番傷つけます。 まず、褒める事です。 どんな些細なことでも良いので褒める事です。 宿題を自発的にやったり、忘れなかったり、自分から家事を手伝ったりしたら褒めるのです。 それが本人のやる気につながります。 見つけるのは難しいかもしれませんが、褒めずに叱りっぱなしでは子供は決して良くなりません。 それと、学校の勉強に遅れてでもついてきているのなら、もう少し長い目で見ましょう。 上でも述べてますが、伸びるペースは人それぞれです。
お礼
私は出来るだけ人とくらべた 言葉を言わないようにしています。 でも、怒ってしまうのでいけないですね。 ただし、計算が自分ですらすらと出来た時は「すごいねえ!!」とオーバーに褒めます。 この前は算数のテストがかえって来たのですが、 20点でした。 ほとんどが白紙でした。 意味が分かっているようなのですが、きっとボーっと考え事をして時間が過ぎたんだと思います。 家でやらせてみたら、文章問題も解けました。 ボーっとしているのがイライラする元なのです。 ボーっとしているから、予定帳も書かないし持ってこないし、繰り返し覚えさせた持ち帰りのものもまるっと忘れてくるし。 服は汚して借りてくるし。 その汚れた服を忘れて放置だし、数週間前の上着も忘れてきて2~3着たまった状態で、戻ってくるし。 ナフキンは1週間分先生が、まとめて持たせてくれたけど本人は上の空だし。 愚痴しか出ません。 いつかまともになるのでしょうかね。 ありがとうございます。
- pigunosuke
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算数を教える為には、まずは数字の概念を教えなければいけません 数字の概念を知らない人にとって 数字はエジプトの象形文字と同じ様な物 数字の意味、概念を知り、理解する事で はじめて算数の意味が判るようになるのです 物を覚えるにはプロセス(順序)が有るのです あなたのお子さんは あなたが当たり前に理解している事を、理解していないのです だから出来ないのです 出来ない人に、「何故出来ないの?」と聞いても無意味です 何故出来ないのか判らないのですから、答えようが無いのです > 仕事から帰って と仰ってますね 要するにあなたには、お子さんを見てない時間が有るのですよ お子さんが、何を理解していて、何を理解出来て無いのか?を知らないのに、 「やりなさい」と言っているのです 出来る訳ないでしょ お子さんが出来ないのは あなたがちゃんと見てないからです 出来ないのを子供の所為にしてはいけません
お礼
子供を見ていないのは、子供が学校に行っている間だけです。 休みは、ずっと一緒です。 子供のことは理解しているつもりですが、出来ていないのかもしれませんね、 ありがとうございました。
うーん、そのことをお子さんに直接言っていませんよね?子供に「だめだ」とか「なんでできないの」とかのたぐいの言葉は言っちゃだめですよ。人はそれぞれ自分のペースや生き方がありますから、それがその子のペースなんだと分かってやることです。二年生で、一日二時間?!それはやりすぎです。0点取ったって進級出来ない訳じゃないんだから。それに大人になって周りを見渡せば皆最低限漢字くらい読めてるでしょ?仕事も稼ぎも、小学校の成績に比例はしないでしょ?その子にはその子の生き方、人生があります。あまりスパイスを効かせると本来進むべき道、給料は普通でも充実してる毎日なんてのとほど遠い、自分の力に合わない仕事で毎日鬱々と生きているなんて人生になったら目も当てられません。たしかファミリーマートに子供に言ってはいけない言葉、とかいった本が売ってたと思います。なんでこの子は駄目なんだろう、ではなくそれを問題視している人こそが変わる対象なんです。今あなたは何か変わることを求められていて、それは達成出来るから、お子さんはそういう子なんだと思います。これがあなたが能なしなら、お子さんは問題ない子に育っていたことでしょう。そういうものです。これはあなたに課せられた、人生の見方や価値観を変えよという試練だと私は思います。繰り返しますが、2時間は子供が疲れるでしょ?!大人と違いますよ、目線合わせて話してあげて。そして子供の言うことを良く聞き、その奥にある言いたい本音までよーく聞き取ることです。聞くことを極めることで、全ては変わります。傾聴せよ、ってことですね。
お礼
>二年生で、一日二時間?! はい・・ これは他の子だときっと30分もあれば終わるだろう、宿題だけのことです。 宿題だから、やらせないといけないですよね。 そうすると、考え事をしたり話しながらやるものですから、注意するんですが、それでも時には2時間かかるときもあります。 今日は正味 1時間くらいで終わりました。 あとは進研ゼミのような教材もありますので、時間があるときはやりますが、たくさん時間がかかったときは教材はお休みにしています。 言ってはいけない言葉「馬鹿」とは言いませんが、 「何でできないの?」というのは度々言います。言ってはいけないということを分かっているのですが、つい口に出ます。 私の課せられた試練なのかもしれない・・と思いながら毎日勉強にも付き合っていますが、一体いつになったら私から自立出来るんだろうと思うと、なんとも言えない気持ちになります。 他の子だったら・・・きっともう手が離れている頃なのに。とか 他の子だったら・・・自立も早いだろうなとか。 比べても仕方ないし子供が可哀想なのに考えてしまいます。
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お礼
ありがとうございます。 同じような悩みがありながらも、克服されて今では立派に成長されたんですね。 そういうお話を聞くと希望がわきます。 もう少し頑張ってみたいと思いました。 誰でも得手不得手があると思いますが、 個性ととられることもあるし、障害と言う名がつくことがありますね。 障害ではないだろうという気持ちでおりますが、もし障害であってもそれは受け入れなければいけませんね。 大人になってから気が付くパターンもあるそうですが、気が付かれないだけで意外と埋もれているのかもしれないと感じました。そういう私も、何か人とは違うのかもしれませんし。 頑張りすぎないように、やってみます。 ありがとうございます。