イエズス会は島原の乱には関与していません。キリシタン大名の小西行長が天草を領有していた影響でキリシタンが多かったというだけの話です。そもそも内乱とは、もう税金は払わないというだけの意味です。幕府転覆だの植民地支配だの、そんな大げさな話じゃないんです。余りの重税で払いたくても払えなくなってしまったのです。餓死するか拷問死するか二者択一になって、どうせ死ぬなら戦って死にたいってことです。
宣教師は内乱など指揮したことはありません。そうじゃない。大名をキリシタン大名にして土地を教会に寄進させて勢力拡大の足場にするってだけです。大名をキリシタンにしてしまえば、もう大名は天皇の家臣ではなく、ローマ教皇の傀儡になってしまいます。全国の大名をキリシタン大名にしてしまえば、日本は自動的に植民地になるのです。スペインもポルトガルも軍事的に植民地を持った訳ではない。キリスト教を武器にするソフト・パワーで勢力を拡大したんです。コンゴ王国は、国王みずからキリスト教に改宗してしまったから大変。ポルトガルは当初は同盟国みたいな顔をしていたが、いつの間にか国内はガタガタにされて、事実上植民地化されてしまいました。
それで幕府は、キリシタンの団結力に驚いて、ポルトガル商人なども長崎の出島から追放してキリシタンを弾圧するようになるわけです。それまでは大名のキリシタン化だけは防いでおけば、百姓はどうでもよいぐらいの認識だったのが、百姓にキリシタンが増えるのを放置していたら日本は大変なことになると気づいたんです。
そこら辺はポルトガルと対立するオランダが幕府に吹き込んだことですけどね。オランダは、このままポルトガルを野放しにしておけば、日本はずるずるとポルトガルの植民地にされてしまうぞと幕府に警告しました。
現実に島原の乱が起こったことで、幕府はオランダの警告に現実味を感じたといったことです。
ちなみにオランダは新教国でカトリックと対立するプロテスタンの国だったから日本へのキリスト教布教には全く興味が無くて、絶対にキリスト教を布教しないと幕府と約束することで日本市場の独占を許されました。
コンゴ王国の歴史を調べればポルトガルの植民地化の手口が分かります。何十年、何百年とかけて、非常にゆっくりしたスピードで、いつの間にか実質的に植民地化してしまうといったものなんです。