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建物を建てるとき 設計図は どの位 昔からあるのですか?
ふと 疑問に思い 質問させて戴きます。 建築物を作成するときに、設計図ってありますが どの位 昔から 設計図をもとに 建設されたのでしょうか? また、設計図が無い時代に 多人数でないと設計できないものは どうやって 建設したのでしょうか? とても 不思議です。 よろしくお願いします。
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簡単に説明いたします。 【工人と様】 6世紀後半、百済王が使者と僧を派遣してきたとき、同時に多くの寺工、瓦博士が日本にやってきました。 百済の工人は「様(ためし)」と呼ばれる模型を作ってから建築の検討をしたといわれています。 法隆寺など様(ためし)がもとになっています。 それが今日の設計図に相当するともいわれいます。 つまり精巧な模型をまず制作して、 そこから倍数で木を図ったりしたと思われます。 我々がミニチアの模型を作るのと同じでしょうね。 【指図】 平安時代になりますと指図(さしず)という図面をもとに多くの建築物が建てられました。 平面図と模型を使って設計し、建築したということですね。 【最古の図面】 現存最古の図は1573年の鎌倉円覚寺仏殿の平面図と立面図・断面図です。 江戸時代に入ると平面,立面,断面の図、 さらに部分詳細図もつくられるようになりました。 法隆寺の話を書いたサイトがありますので、お読み下さい。 古代の工人の知恵というものを知ることが出来ます。
お礼
ありがとうございます。 小さなモデルから相似を使ったのですね! 以前 テレビで南米の空から見ると絵に見える(鳥の絵とか。アステカ文明?)のも「小さな絵を描いてそれを紐を使って大きくしてゆくと数時間でできる」と紹介していました。 法隆寺関連のサイトのご紹介ありがとうございます。 図書館でも調べたいと思います。 いきなり大きなものを作ったのではなく、小さなものからだんだんと大きなものをつくり その中には歴史に残っていない沢山の失敗があるのでしょうね。きっと。