- 締切済み
日本人の「絆」感覚について
先日、東北地方の放射能に無関係な震災廃材処理で北九州市に廃材が搬入されて反対者が又騒いでいるとのニュースがありました。 公共の利益と個人の利害が衝突しての問題だと思うのですが、例えば災害の際障害になる狭い道路を拡幅しようとしても立ち退かない家が一軒あって拡幅工事が一向に進まないと言った所もあります。 公共のなると判っていても、さて我が身の問題となると公共の利益は後回しに日本人はなるようです。 東北の震災では絆と称して助け合いが言われましたが、北九市の様に震災廃材処理では絆は見られませんね。 貴方は北九市のように絆に反する人達をどの様に思いでしょうか。 お考えをお聞かせ願います。
- みんなの回答 (14)
- 専門家の回答
みんなの回答
- Bankai-37
- ベストアンサー率12% (106/830)
回答No.14
- Streseman
- ベストアンサー率24% (131/542)
回答No.13
- yingtao7
- ベストアンサー率17% (124/699)
回答No.12
- 05051036
- ベストアンサー率22% (114/508)
回答No.11
- fullfill
- ベストアンサー率15% (54/345)
回答No.10
- siege7898
- ベストアンサー率21% (192/889)
回答No.9
- aran62
- ベストアンサー率16% (485/2911)
回答No.8
- key00001
- ベストアンサー率34% (2878/8340)
回答No.7
noname#160893
回答No.6
- Epsilon03
- ベストアンサー率24% (868/3495)
回答No.5
- 1
- 2
補足
利権は別の話です。 我が家の土地に瓦礫が山になっていて減らずに困っています。 困っているのに助けてくれないのは変じゃないですか。