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判例解説:殺人罪の判示事項と共同正犯の訴因における実行行為者の認定
- 殺人罪の判示事項は具体的ではなくても、実行行為者が明確でなくても不十分とは言えない。
- 共同正犯である実行行為者が明示されている場合、訴因変更手続を経る必要はなく、異なる実行行為者を認定しても違法ではない。
- 共同正犯である実行行為者が被告人と明示されている場合、訴因変更手続を経る必要はなく、実行行為者が被告人またはその共犯者であると認定しても違法ではない。
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本件は、被告人が、A、Bらと共謀し、Aの知人らの住居に火災保険を掛け、放火して火災保険金を騙取するなどしたほか、口封じのため、Aと共謀して、Bを殺害し、死体を遺棄したという事案である。被告人は、捜査段階では殺害事件への関与を認めたものの、その余の事件への関与を否定し、起訴された後はすべての事件への関与(共謀と実行行為)を争った。これに対し、Aは、被告人やBらと共謀して放火及び保険金詐欺を敢行し、口封じのためにBを殺害することを被告人と共謀し、被告人が殺害の実行行為を行った旨供述したという事案である。 本件の主な論点は、(1)このような択一的認定の適否(2)実行行為者が訴因において被告人と明示された場合において、訴因変更手続を経ることなくA又は被告人あるいはその両名であると択一的に認定したことの適否について判断である。 (1)について、本決定は、択一的認定の適否に関し、本決定は、殺害の日時・場所・方法の判示が概括的なものである上、実行行為者の判示が「A又は被告人あるいはその両名」という択一的なものであっても、その事件が被告人とAの二名の共謀による犯行であるときには、殺人罪の罪となるべき事実の判示として不十分とはいえない旨判示している。択一的認定については、一般的に、場合を分けて検討すべきものと考えられているが、択一的な関係にあるA事実とB事実が同一の構成要件の中にある場合については、概括的認定の一場面と考えられるから、構成要件に該当するか否かを判定するに足る程度に具体的であれば、択一的認定が許されるものと解されている。共同正犯内部で実行有為者が確定できないという本件のような場合は、この部類に属するものと考えられる。共謀共同正犯の法理においては、共謀関与者の全部又は一部が犯罪を実行すれば、共謀関与者の間で刑事責任の成立に差異はなく、実行行為を担当した者も担当しなかった者も、いずれも共同正犯として処罰されることになるからである。したがって、実行行為者に関する択一的認定が許されるとした本決定に異論はないものと思われる。 (2)について、訴因において実行行為者が明示された場合に訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することが許されるかが問題となる。 本件は、「訴因と認定事実とを対比すると、前記のとおり、犯行の態様と結果に実質的な差異がない上、共謀をした共犯者の範囲にも変わりはなく、そのうちのだれが実行行為者であるかという点が異なるのみである。そもそも、殺人罪の共同正犯の訴因としては、その実行行為者がだれであるかが明示されていないからといって、それだけで直ちに訴因の記載として罪となるべき事実の特定に欠けるものとはいえないと考えられるから、訴因において実行行為者が明示された場合にそれと異なる認定をするとしても、審判対象の画定という見地からは、訴因変更が必要となるとはいえないものと解される。」と判じ、識別説の見地から訴因変更を不要とした。なお、訴因の目的たる審判対象の画定としいう見地からは、判例は抽象的防御権説に近い立場を採用していると思われる。 しかし、「とはいえ、実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である。」としている。訴因のもう一つの機能である被告人の防御権という見地から、共謀事案に老いて誰が実行行為者かは、被告人の防御にとって重要な事項であるから、検察官が訴因を釈明などによって特定した場合、訴因変更は必要となる。 しかしながら、「実行行為者の明示は、前記のとおり訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである。」(具体的防御説)を採用し、本件防御上の不利益が被告人になかったから訴因変更なしに裁判所が判決したのは適法であるとしている。 訴因の機能としては、審判対象の特定と被告人の防御の範囲の確定という二つの機能があるといわれているが、本決定は、その両機能を考慮した上、原則的な考え方と、例外的に許される場合について判示したものであり、訴因変更の要否を判断する際の基本的な判例といえよう(調査官解説抜粋)。