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ガラパゴス化、では、いけないのでしょうか。

グローバリゼーションとかいわれる世の中。 世界ではどうのこうの 日本の考えは、世界ではどうのこうの 世界は、日本をどうのこうの 色々言われますが、世界水準を追わなければいけない趣旨は、何なのでしょうか。 世界と競争する必要はあるのでしょうか。 日本は日本で、つましやかに生きていってはいけないのでしょうか。 ガラパゴス化では、ダメなのでしょうか。 議論がしたいのではありません。 本当に、納得する答えがないのです。 日本は鎖国してはいけないのですか? なぜ、してはいけないのでしょうか? 他国と、どうのこうのすることが、成長につながるのでしょうか? 私自身、何か主義主張、思想があるわけではありません。 よく、こういった議論がテレビ等のメディアで交わされ、国民の興味関心をひくわけですが、それすら、私にとっては謎なのです。 (もちろん、メディアの扱い方も多分に影響してくるのでしょうが…) グローバリゼーションによって、貧富の格差が広がる、等の主張がありますが、それも私の疑問について、納得をする答えではありません。 ガラパゴス化は、いけないことなのでしょうか。 英語や中国語を学ばなければならないのでしょうか。 国交を絶つ、のは、なんだか「やばそう」と思いますが、それでも、なぜ、世界に進出していかなければならないのでしょうか。

みんなの回答

noname#194996
noname#194996
回答No.14

>世界と競争する必要はあるのでしょうか。 あります。 すでに世界は密接な一つの競争社会になっています。弱肉強食の原理がよくも悪くも適用されます。今のところ日本は相当強い勝ち組に入っています。今後はどんどん負ける方向へ行く可能性が高いです。それを避けるためにも、さらにどんどん世界へ出て行って競争を積極的にしなければじり貧になってしまいます。攻め続けるしかないのです。 競争する必要があるのです。 しなければ、すぐ日本はボロボロになって食いものにされるでしょう。 それでもいいという人もいるかもしれませんが、おそらく1億3千マンの日本人のほとんどが(自分から海外へ出向かなくても)それには反対するだろうと思います。これ以上日本が貧乏になるのを我慢できる人はごく少数だと思います。 >日本は日本で、つましやかに生きていってはいけないのでしょうか。 個人的にそうすることは誰も反対しないと思います。でも日本人全員がそうすることはできません。 鎖国化は不可能ということです。日本だけの問題ではなく、海外の国々が日本の様々な製品を必要としているのです。日本が交易を止めたら、おそらく世界中が大不況になるでしょう。日本だけでなく、世界中が有機的に深く関係しあっているというのが現代の世界の姿です。 ガラパゴス化は文明、科学、経済にとって有害無益です。ただ、観光立国という面からは、文化のガラパゴス化は価値があるかもしれません。

  • windwald
  • ベストアンサー率29% (610/2083)
回答No.13

世界進出と別の問題として、ガラパゴス化は全く悪いことではないと考えますよ。 その地域特性に合わせた商品開発を行うことはむしろ推奨されるべきことです。 ニーズが新しい技術を生み、技術的先進性で世界をリードすることができます。 ただ、日本国外と日本国内が同じニーズであればよいのですがそうではありません。 これから家庭の電化が進む国は発展途上国、それほどの先進技術は不要です。 であれば、技術はそこそこ価格もそこそこというローカライズが必要です。 (そんな低レベル商品にばかり注力することをグローバル化などと抜かすのは本末転倒) それよりももっと大事なことは、日本発の技術をベースにした世界標準を構築することです。 もしくは、製品の核に日本ではないといけない何かをもつことです。 胴元になって分野を牛耳ることができるかどうか、そこが鍵だと考えます。

  • kuroneko3
  • ベストアンサー率42% (250/589)
回答No.12

 食糧も石油もその他の資源も自国では賄えない国が,鎖国なんてできるわけないでしょう。江戸時代と異なり,日本人が飢え死にしないで生きて行くには,外国と商売して勝ち組になるしかないのです。ガラパゴス化では,日本が国際的な市場競争に勝っていくことが出来ず,日本は食糧を輸入することもままならなくなり,日本人の大半が飢え死にすることになります。  働けなくなった老人は姥捨て山に捨て,生まれたけど養っていけない子供は殺し,残った人だけで農業をして自給自足で暮らす,原発どころか火力発電所も動かせなくなるので電力も使わない。鎖国時代の日本ではそんな生活が当たり前でした。  そういう生活に戻りたいというのであれば,理論的には可能かも知れません(カンボジアは,一時期それに近いことを本当にやろうとして,ボロボロになってしまいました)が,おそらく誰も賛成してくれないでしょうね。

  • staratras
  • ベストアンサー率41% (1512/3682)
回答No.11

日本の場合「グローバル化の推進」も「鎖国のすすめ」も、所詮1枚のコインの裏表にすぎず、共通点が多いと感じています。というのは、日本では古代から現代まで、「外圧」をうまく利用して国内の改革を行っていて、「グローバル化」もその一種だと考えるからです。現在も「グローバル化」という「外圧」のうち、都合のよいものだけを取り入れているという傾向があります。 一方「鎖国」といっても、江戸時代でも完全に国を閉ざしていたわけではなく、長崎でのヨーロッパ(オランダ)・中国(清)との関係に加えて、北海道(蝦夷地)や琉球を通じての外国との交流もあったので、要はどれだけ外国との交流を図るかという程度の問題だと思います。 つまり「グローバル化の推進」か「鎖国のすすめ」かという単純な二者択一ではなく、自らの主体性において「グローバル化」も「鎖国(ガラパゴス化)」も、バランスを考えて、良いものは取り入れ、良くないものは採用しないという、考えてみれば常識的な選択しかないのではないでしょうか。 サッカーなどのスポーツに例えるなら、ルールや判定基準そのものは全世界共通(この点だけ強調すればグローバル化)である必要があります。ただし、その運用というかどう戦うかの戦略や戦術については、全世界同一ですむものではなく、その国、そのチームに合った独自のもの(この点だけ強調すれば括弧付きの「鎖国(ガラパゴス化)」が必要で、そうでなくてはワールドカップやオリンピックで勝てません。 もちろん、外国のチームとの試合は欠かせませんし、優秀な選手は外国のチームでもプレーするでしょう(グローバル化)。これが日本のレベル向上にもつながりますが、一方では国内のリーグも充実している必要があり(「鎖国(ガラパゴス化)」)、有力選手が全員海外でプレーするようになっても困ります。大事なことはバランスだと思います。

回答No.10

回答 ガラパゴス化の適否などは、個人の問題 そもそも、良い悪いなどという幼稚な論説であるのが問題の根底 個人の多様な価値観を尊重し、その上で公益性を図れればいいのであって、そういう概念に捉えれて考える必要性がない 同時に、個別事象で思慮するべきものであって、総論的に考えるのも幼稚 幼稚であることを否定しないが、幼稚であることへの羞恥心は別次元 重要なのは、当人・個人の幸福を実現することであって、その手段としてガラパゴスであろうと、アンチガラパゴスであろうと瑣末なこと 手段を目的にすり替えている論説って最近多いのは、気のせいだろうか? 以上 まぁ、小生からすれば、陳腐な質問だが、 本件を重要と思える人間もいる・・・というそれだけで十分であろう

noname#171824
noname#171824
回答No.9

グローバリゼーション。 同期しないものは『悪もの』って風潮。 確かに嫌気がさします。 世界の国々は互いに近づきました。 でも、ある国の情勢によって自分の国の 情勢がたちまち振り回されているような ザマでは国としては非常に間抜けな状態 と言えます。 限りなく世界に同期しているということ は、激変する情勢の荒波に直にもまれる わけですから、安全保障の観点から考え ると、ガラパゴスな部分を維持している ほうが生存に有利だと私も思います。 一方、成長に取り残されて、時代にも取 り残されている哀れな隣国を見るたびに、 『発達障害国』に成り下がる危険がある ので鎖国はしないほうがいいとも思って います。 人も国も、結局は一緒ですね。 ところで、経済評論家の内橋克人さんが 『FEC自給圏』を提言しています。 ガラパゴスはマズイけど適度にローカル 化するほうが、今後有利かもしれません。 指定された避難所に逃げ、津波で命を落 とされた人のドキュメントを見るにつけ、 同期せよの声に、普段から疑問を持つこ とも大事だなと感じています。

  • IDii24
  • ベストアンサー率24% (1597/6506)
回答No.8

鎖国子女ですね。 鎖国で国が成り立っていけばよいのでは、でも今の生活は保たれないとは思います。まず今をすべて捨ててからと考えるとこれはすごいパワーが必要。国民の半数が納得してこの自給自足状態にOKを出さなければ無理。 他の国から買えるものは何もないとすれば、資源はもとより、技術も薬も買えません。これでは国民は苦しいと思いますよ。 少なくとも民主主義では実現できないでしょうし、資本主義も成り立たない。朝廷復古でしょうか。 歴史は後戻りできないとしか言いようがありません。ここまで来たら進むしかないというのが答えだし、苦しくても勝つ必要がある。世界の中で有利に立つ必要があるという事。 1億人の人間がみな平等ではありません。そのような力は今の世界では無理。そのなかで日本がどれだけ裕福なのかを考えればおのずと答えは出ると思います。北朝鮮は国民が裕福でしょうか?ガラパゴスとはあの状態です。

  • mstk2
  • ベストアンサー率26% (157/588)
回答No.7

こう置きかえてみたらどうですか。 (問)なぜ大人になったら就職し、外へ働きに出なければいけないのか 自立がどうの、世間がどうのといろいろ言われるが、社会に出たら就職し、働きに出なければいけない理由は何でしょうか。 世間と競争しなければいけない理由は何でしょうか。 自宅のベランダで自給自足するなど、外へ出ずに、つつましやかに生きてはいけないのでしょうか。 他人と、どうこうすることが成長につながるのでしょうか。 引きこもりと言うと何だかやばそうですが、それでもなぜ社会へ出て行かなければならないでしょうか。 ----- 結論として、ベランダに鉢植えをならべてネギやモヤシを栽培し、それで一生食っていけるならそれでよく、チャレンジ精神おおいによしといったところです。 ただ現実には、無理でしょうね。実際にやってみるまでもなく、半年もたずに餓死体で発見されるはずです。 全体に日本の農業は、ベランダの鉢植え程度の規模しかないから無理なのです。 さらにマンションで牛や豚を飼えるわけもないので、週に一度でも肉を食いたければ、屋外のスーパーまで買いにでるしかない。 なおその際には現金も必要となり、食料を買うための現金を得るには、結局外へ働きに出るしかありませんね。

  • siege7898
  • ベストアンサー率21% (191/888)
回答No.6

そうですね。パラダイス鎖国などという言葉もありますが、鎖国できればこれほど幸せなことはありません。 日本は外国に物を売って、そのお金で何を買っているかというと、まず食料。わかりやすいところだと。スパゲッティやパンやラーメン原料である小麦は外国から買わなければなりません。 次にエネルギー。石油やガスやウランはほとんど全て輸入品ですね。 こいつらを買う為に、日本は外国に物を売らなければならないのです。 鎖国をするならこれを解決しなければなりません。そのためにはどうすればいいかというと、エネルギー、特に電力を自国で賄うことが出来さえすれば実はほとんど解決します。例えばカタールなんかの人は、エネルギー資源である石油が自国の使用量を大幅に超えて産出するので全然働かないで暮らしてますよね。カタール人は生まれてから死ぬまで年金を貰うので働く必要がありません。といっても日本には燃料資源がありませんので自然回帰エネルギーを使うしかないわけです。んで、自然回帰エネルギーは今のところ日本の需要を満たすほど得られてはいないので、やっぱり外国にモノを売ってその金でエネルギーを外国から買うしかない、ということになるのです。 ちなみに、地熱や太陽光、風力などで日本の電力を全て賄うことができて、しかもそれらのエネルギーが日本での使用量を大幅に超えて余りあるような状態なら鎖国は可能です。石油やガスはいわゆる炭化水素というヤツですので、電力が余りある状態ならいくらでもある炭素と水素で合成できますし、食料も電力を始めとするエネルギーを無限に投入してやれば工場で野菜も作れますし作物の生産効率も無視して構いません。つまり外国からエネルギーや食料を買う必要がなくなるので、外国にモノを売る必要もなくなりますから企業は日本人向けの産品を作ってさえいればOK,まあ小銭稼ぎに外国向けのものも作りますかね~って感じでいけるようになると思いますよ。 ま、イベリコ豚が食べたいとかエルメスのバーキンが欲しいとかいうことになれば、それは輸入しなければなりませんがね。

  • blackhill
  • ベストアンサー率35% (585/1658)
回答No.5

 典型的な引きこもり擁護説ですね。なにも遠慮することはありません。アメリカではモンロー主義として、一時は国是なみの扱いでした。第2次大戦後は、キューバやアルバニアが、一時、鎖国政策を採用したのはご存じのとおりです。現在では北朝鮮です。  食糧自給ができないとの意見がありますが、技術も資本も足りなかった江戸時代でさえ3000万人を養っていたのですから、効率を無視すれば自給ができないとは思えません。  むしろ、問題はエネルギーでしょう。石油、天然ガス、原子力に頼らない経済は、実際のところ、当分は無理ではないでしょうか。  しかし、こういった問題は、まさに机上の空論に過ぎません。本当に議論すべきは、国益か地球益かの選択でしょう。すべての国が、国益至上主義を貫くと、世界経済は委縮し、国際的利害対立は激化するでしょう。ジャングルの世界に逆戻りです。  経済学の基本的原理によれば、国際的分業によって、世界全体の経済的福利が増大することは証明済みです。もちろん、それが公正な分配につながるかどうかは別の問題ですが少なくとも、鎖国によって得るものはほとんどないことは明らかです。  飢えや貧困に苦しむ国々を見捨てて、自国だけ安穏に暮らしたいという孤立主義的な考えは、本当に説得力があるとは思えません。  今ひとつ、日本を代表するような大企業や、才能に恵まれた若者は、当然、日本を見捨てて海外に向かうでしょう。異質なものは出ていけというのが鎖国ですから、こうした現象は覚悟の上でしょうが、やはりもったいない気がします。だれが税金を払ってくれるのでしょうか。

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