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神経症の完治には?多くの意見を頂きたいです。
神経症の解消、メカニズムについて色々考えています。 最近、神経症とは混在意識と潜在意識の心の葛藤から生じる体の反応なのかもしれないと思い始めした。 フロイト、ユング論では神経症は、過去の否定的な感情の抑圧がキャパシティを超え、神経症という形で表面化する。無意識からの意思表示とかいいますよね。 無意識の蓋を開けたら恐怖心がなくなった。といった事例も目にします。 確かに、この原理は理解できますが、医学的アプローチとは離れています。 このようなアプローチは、催眠療法をうけるしかありませんか? 僕自身、パニック障害を発症し、閉所恐怖、会食恐怖が併発しています。 過剰なストレスと過労で発症しました。 対症療法だけでは、根治できないかもと悟り、否定的な感情やトラウマ、不安の根元を探しています。瞑想なども実践しています。 自己と向き合っているうちに、抑圧していた出来事にいくつか気づきました。神経症になるべくしてなったんだな。と痛感しています。 ただ、症状、身体的感覚に変化はありません。 もっと重要な抑圧があるのでしょうか? そもそも方向性が間違っているのでしょうか? もやもやした不安や自律神経反応は消えるのでしょうか? 過去の解決より森田療法で成功体験を重ねることが最重要なのでしょうか? 発症までは全くの健康体で精神的に崩れたことはありませんでした。 発症した途端、ここまで体、心に不調がでて困惑しています。 話がまとまらず、大変読みづらく申し訳ありません。 僕自身としては、過去への気づきは症状へアプローチする考え方にあたって、スムーズに向かうヒントぐらいなのかなと漠然と落ち着いているぐらいです。 ご意見や体験談など、たくさんのご意見を頂きたいです。 神経症の根治を目指しています。
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- d194456
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「喜怒哀楽」の感情の中の「喜楽」だけの生き方を考えたことがありますか。 人は何のために生きているか、とか、何をする為にこの世に生きているのかを考えたら、 徒に「怒哀」の感情の中に生きずとも正しい生き方が出来るはずです。 潜在意識と顕在意識の葛藤なども無くなると思いますよ。 怒哀の感情を無くせと言っているのではありません。必要以上に関わらない様にと注意しているのです。 森田療法の考え方をどの様に考えたのか存知ませんが、V・フランクルの「逆説志向」を読めば、人の意識の働きがわかると思います。自己暗示における「否定語の働き」がどの様なものかが判れば、神経症も判ります。 面倒なくらい長い話になりますので、ここで論じるにはテーマが大き過ぎます。 狭い範囲のことなら話すことも可能でしょうが。
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お礼
回答ありがとうございます。 発症して、この不安や意識が過度に向いてしまう状態が、過去の自分の考え方の積み重ねから、なるべくしてなったと感じました。自分が否定的に感じていた事象からの訴えのような気がしてならないのです。 >V・フランクルの「逆説志向」を読めば、人の意識の働きがわかると思います。自己暗示における「否定語の働き」がどの様なものかが判れば、神経症も判ります。 回答者様のおっしゃる「怒哀」の感情と下手に関わると袋小路に入るよ。と警鐘を鳴らして頂いているのですよね。 否定的な感情について憎悪を強めることではなく、冷静な状態で居られる現在から過去の「怒哀」の感情を浄化に導いてあげたいのです。