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「時間の大切さ」について
「時間の大切さ」をテーマに作文を書きました。 わたしは、命を大切にすることは 時間を大切にすることと同じではないかと書きました。 限りある時間を精一杯生きることが 大切だと伝えたかったのです。 でも、今考えると「時間」を「命」と結びつけたのは 重かったのではないかと思い、悩んでいます。 とても大切な作文だったので もう提出してしまったけれど、いまだに 不安で仕方がないです。
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>わたしは、命を大切にすることは >時間を大切にすることと同じではないかと書きました。 >限りある時間を精一杯生きることが >大切だと伝えたかったのです。 まったく同感です。とても良い視点だと思います。 悩む必要はないと思いますよ。 悲しいかな現実には、その限りある時間を無駄にしてしまうことが多いのですがねぇ...。
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- yuukineko
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尊さで考えると、少年老い易く学成り難し 精一杯生きる事と、精一杯に為っては行けない事も有るのです。 それを絡めて、する時の覚悟もしない時の覚悟も 考えられる間に精一杯後悔しない様に時間は活用したいものだ。 また、時間の事を大切に感じられるって事はその時生きて居る。 それが、その数秒後に亡くなろうともその人の生きた証は知る者が 生きてる限り覚えて居て貰える。 多くの先祖が、繋いだ命を私はどの様に活用すべきなのだろうか。 これも壮大で重たいですよ。 質問者さんは、深く重い考えに触れる事が出来た。 その経験は、将来の自分に吉と出るか凶とでるか。 過去と言う手前の時間が有るから、今と言う時間を味わえて過去と未来を築き 時間の経過とともに未来は貴方の手元に絶えず注がれ続けている。 この人と時間の関係は、大切と言う言葉同様に私と時間とを切り分け 与えあうに等しい。 それは、自分の体の一部と同じでともすれば やはり時間は大切なのでしょう。 時間の大切さは、質問者さんの中でこれからも考えが変って行くかもしれない。 不安も自分の導きによるものです。 だからこそ、過去の過ぎ去った時間は尊く多くの御年配に惜しまれる。 深く深く潜り込んだ不安や悩みを、人は持ち前の即物的な欲求にて如何様にも 日の当たる所へ自身を追いやれる。 それが、精一杯に為っては行けない事。 低俗的で刹那的で怠惰さなのですよ。 寸刻みにした自分は、立って歩く事も叶わないが爪の先少し位を切り分けても 人の多くの活動に支障がそれ程でるって事も無いのです。 最後に、失敗は成功の元で失敗のまんまで終わらすかは自分次第。 生きてる限り
- rfrfr111
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「時間の大切さ」=命の時間(リミット) なので、同じような意味で使ってるのだからいいでしょう。 重くもないけど。
命の時間は誰しも限られている・・・ 命は使える時間のこと・・・ 「時間とお金を結びつけてはいない」 ので、これで良いと思います。