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映画存在のたえられない軽さ でのチェコなまりの英語について
なぜ、あれはチェコなまりの英語で映画をつくらなければいけないんでしょう?わかりません。。チェコ語にする、ならわかるけど、チェコにいってもチェコなまりの英語を話している人いませんよね?なぜなぜ?
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- monnkiti
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回答No.2
ラストエンペラーで溥儀は英語をしゃべっていました。 リトルブッダでもブッダは英語をしゃべっていました。 シンドラーのリストでも英語でした。(本来ならドイツ語、ポーランド後) 多くのキリストの伝記映画でもヘブライ語ではなく、英語をはなします。母国語ではなく、英語を話す映画は滅茶苦茶たくさんあるように思います。 映画はエンターテインメント作品なので、「英語を話す」というのは配給しやすいスタイルなのではないでしょうか。 東欧差別という意見は映画を見たかぎり私には感じられませんでした。
noname#4486
回答No.1
ノーベル文学賞作者のクンデラはチェコ出身だし、舞台はプラハの春の頃だから、短絡的にありでしょうが、「田舎娘」って評判のテレザに、外国語で話しかける理由はないわよね。 映画見てないのですが、監督はシカゴ出身らしいし、不明ですねぇ。 英語が堪能な方には、訛らせる意味があるんですかね?多くのアメリカ人が、外国語を恐怖するそうなので、逆に雰囲気作りのための小道具として必要なんですかね?されば、東欧差別のにおいが軽くしますな。
補足
英語というのはわかります。でもラストエンペラーのふぎが「中国なまりの英語」で話したりしてませんよね。 私のいいたいのは「なぜわざわざなまらせるのか」という点でした。 たとえば、トムクルーズが「日本」に関係する映画にでるからといって「日本人なまりの英語」で映画にでたりしたらすごくへんじゃないですか?