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ジェット・コースターと「アート」の違いってなんですか?

ジェット・コースターと「アート」の違いってなんですか? 瀬戸内芸術祭を見て思ったことなんですが、 人を楽しませるものが「アート」ならば遊園地に勝るものはない。 瀬戸内では、あえて「芸術」とは呼ばずに「アート」と呼んで、芸術をライトものに印象付けていて、 かつ、作品自体も、重いものよりも、皆が楽しめるものが多い。 しかし、それならば、よっぽど遊園地のほうが「楽しい」だろう。 「遊園地」よりも「アート」のほうが「考えさせられる要素が多い」と言う意見もあろう。 それならば、哲学的な「芸術作品」は、それよりライトな「アート作品」よりも「芸術的」に勝っているのだろうか? ただの、鉄くずを「アート」だと言って飾る行為、ファスナー形の船を作って会場を走らせるだの、それが一体ナンなのかと言いたい。 「昔からある漁師の家の廃材をつかって思い出を残す作品」の類などは、人の手が加わっていないからこそ感動的なのであって、他者の手が加わることによって、その思い出が汚されている印象しか受けないのだが、どうか? こんな「アート」祭に巨額の金を使うのならば、現実的な問題に直結するようなものにお金をつぎ込んではどうか?

みんなの回答

  • m2fragile
  • ベストアンサー率40% (41/102)
回答No.5

人を楽しませるという意味では、 ジェットコースターもアートも一緒だとおもいますが、 根本的な部分が違います。アートは自己表現であり、 アーティストのイメージの具現化他ありません。それが高額で取引されていようとも、あくまで自己表現の延長です。 ジェットコースターのデザインを手がけている人は設計や安全対策を考慮にいれても思い描いた創造物を作る行為はアーティストだとおもいますが、 それ以降、企業や収益に関わることになれば商業です。 「アート」祭というのはアーティストの見本市といえばよいのでしょうか? いろんな発想を持った人がそこで紹介され、(例えばジェットコースターデザイナーだったり)、 そのデザイン、発想力を買われて商業的なデザイナーになることもあるでしょう。 >こんな「アート」祭に巨額の金を使うのならば、現実的な問題に直結するようなものにお金をつぎ込んではどうか? NASAの研究が国家予算の負担になるから削減しようと人がいたとしても、 NASA開発のものが無価値であると言い切る人は居ないのです。 その開発されたものは宇宙でも対応し、日常でも利用されているからです。 その検証には宇宙に行く必要があるので、無駄とはいえません。 アートも同じだと思います。一見むだな「アート」祭は後に大きな利益を生む可能性があるということです。 (金銭的な面だけではなく精神を含めての話) >「昔からある漁師の家の廃材をつかって思い出を残す作品」の類などは、人の手が加わっていないからこそ感動的なのであって、他者の手が加わることによって、その思い出が汚されている印象しか受けないのだが、どうか? これについていうなら、 思い出に感動するのではなく、そこに着眼点を置いたアーティストの発想力が他者に評価されたと考えるべきです。 アートとは製作者の意思を見るもので、「人を楽しませる」ではなく「人が楽しむもの」ということでだと思います。

  • wy1
  • ベストアンサー率23% (331/1391)
回答No.4

アートにしろ、あなたを含めて我々人間の存在価値は? 何でしょうか。税金を掛ける価値があるのでしょうか? 私とって、あなたは無用な人かも知れませんし、私があなたにとって無用な存在かもしれません。だからと言って、別の人々にとっては必要な存在かもしれません。確かに美術でも音楽でも文学で食事/栄養を取るには無用でしょう。 世間はそんなところでしょう。必要な人には必要なものでも、不要な人にとっではそれが不用なのです。

noname#125540
noname#125540
回答No.3

>現実的な問題に直結するようなものにお金をつぎ込んではどうか? artにそれを言っちゃあおしまいでしょう。 現代アートだから分かりにくいだけなのでは? 現代アートってもともとそういうものでしょう。芸術と言ったもの勝ちという気もしますし、あんなもの芸術じゃないと思う人もいるでしょう。 個人的にはコンテンポラリーは嫌いではありませんけれど、まあ、何でもありですよね。馬鹿みたいなのもあるし、何しろ同時代のものだから、評価が定まらないのは仕方ない。新しいものはいつでも批判されるし、残るかどうかは結果論ではないでしょうか? 印象派だってピカソだってエッフェル塔だって登場した時には非難轟々だったんでしょう。 デュシャンの「泉」なんかアホと言えばアホですよ。でもなんだか注目しちゃいますけど(笑) ポップなアンディ・ウォーホルだとかロイ・リキテンシュタインだって「アート」みたいなものじゃありませんか。あんなもの薄っぺらい、と言えば言えるでしょう。 質問者さんが「その思い出が汚されている印象しか受けない」と感じる自由があるように、作る側にも違う考え方や思いがあるんでしょう。 私はその瀬戸内海の島々に行ってないし、直島にも行ってないんですが、たとえば、内藤礼は好きですよ。実際にその作品を見ると小さ過ぎて良く分からなかったりするですが、考え方は好きです。 何を楽しいと思うかは人それぞれです。遊園地を全人類が同じだけ好きなわけではない。テーマパークが嫌いな人もいるし、ジェットコースターが大嫌いな人は少なくありません。 第一、絵や彫刻を見て楽しいかどうかからして好みが分かれます。 たとえミケランジェロの作品だってレンブラントの作品だって「ふーん。それで?」で終わる人はたくさんいるわけで。 全員が現代アートを愛好する必要はないけれど、試みはあっていいと思います。無駄でつまらないと思うかどうかは価値観によります。祭りの場合はその地域の人たちがどう思っているか次第でしょう。嫌なら続けないだけで。 全員が同じ感想を持つ必要はないのですから。

noname#155097
noname#155097
回答No.2

>ジェット・コースターと「アート」の違いってなんですか? ジェットコースターは商売。 そして機能美。 http://coaster.fc2web.com/coaster/sfgadv/eltoro/eltoro_main.htm アートは初めに自己満足がありき。 >こんな「アート」祭に巨額の金を使うのならば、現実的な問題に 直結するようなものにお金をつぎ込んではどうか? そらまあそうだ。

  • gldfish
  • ベストアンサー率41% (2895/6955)
回答No.1

ジェット・コースターと「アート」の違いってなんですか?・・・と書かれてあったので答えようと思ったら、最終的には、もっと有意義な金の使い方しろ??? 質問のポイントが絞れていませんよ。 「遊園地とアートの違いはわかるから、無駄金を使うな」ということですか? なら賛成です。 ただし、遊園地を作っても同じだと思いますよ。遊園地も本気でいらないと思う人はいらないですし。アート作品だって人によっては「これは見た価値があった」って思う人もいるのかも。(いるのかいないのかは判断出来ないからなんとも言えない。)誰にでも役に立つものではないからこそ、そういった非現実的な側面があるからこそ、アートなのだと思います。誰でも価値を見出せるなら、それは日用品です。・・まぁ別にだからといって公的資金を投入する理由にはなりませんが。

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