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水子供養について質問があります。

水子供養について質問があります。 先日、赤ちゃんが外の世界では生きられない病気だと言うことがわかり、死産しました。 16週(5ヶ月)でした。 赤ちゃんは火葬され、都内でも有名な赤ちゃん寺に遺灰が埋葬されます。 亡くなった赤ちゃんは私達夫婦にとって待望の二人目の子供でしたし、自宅の中にも仏壇代わり(臍の緒や、足形・手形、おもちゃを置いています)になるような場所を作りました。 一人目の子供は二歳なのですが、知人に『赤ちゃん寺へは(一人目の)子供は一緒に連れて行ったらダメ。水子の霊がたくさんいるところだから』と言われたんですが、本当に子供を連れて行くのは良くないことなのでしょうか?? 赤ちゃん寺へは今後、お彼岸や命日に必ず行こうと思っていましたが、それより毎日自宅で仏壇代わりになっている場所で手をあわせる方が良いのでしょうか?? とても大切な小さな命だったので、ちゃんとしてあげたいと思っています。 そしていつかまた私のお腹に帰ってきて欲しいと願っています。 どなたか答えてくださる方がいらっしゃいましたら宜しくお願いします。

みんなの回答

  • takeatoz7
  • ベストアンサー率21% (14/64)
回答No.3

仮に霊が存在したとして、 自分の親や兄弟のことを恨んだり憎んだりするでしょうか。 事情があってのことならば余計な心配かと思います。 命あるものがむねを張って精いっぱい生きることが一番かと存じます。

kirari0903
質問者

補足

回答ありがとうございます。 質問の文章がわかりにくかったみたいですみません。 今回亡くなってしまった赤ちゃんが、うちの子を恨むとかではなくて、赤ちゃん寺には供養してもらった子だけではなくて供養してもらえなかった子も集まってきてるんじゃないか?と思ったのです。 そういう子はやはり、この世に生まれて親に愛されてる子を見たら羨ましがって悪さをしたりするのかな、と。 仏教や、霊などには詳しくないのであくまで想像でしかないのですが…。

  • michael-m
  • ベストアンサー率50% (2724/5433)
回答No.2

現代では水子というと死産や流産のお子さんの事を言いますが、昔は3歳くらいまで水子といった時代もあります。それだけ乳幼児の死亡率が高かったのですね。 庶民の多くは3歳くらいまで名をつけなかったり、仮の名で、早くて3歳あるいは5歳の祝いで正式な名を貰います。それまでは家系に入れなかったのです。つまり水子とは家系の中に入れない子供なのです。 そんな時代でも仏壇に位牌を置いて供養した人も居るのですから、母の愛は仏教の教えより強いということです。 本来の考えからすれば姓名を頂いた時点で家系に入る訳ですから、現代社会では誕生したら水子にはなりません。さらに近年では妊娠中に性別まで判る事から、誕生前に名をつける事もあり、そうなると家系云々という基準も自由になったといえます。 先祖代々の墓に入れようとすれば、親族などの反対もあるかもしれませんが、自分達が入る墓を建てる予定があれば、そちらでもよいと思います。ただ、これも親が呼ばれるからと言って嫌う人は居ます。 昔は若年での死亡率が高かったので子供を墓に連れて行くと呼ばれると言われて忌避されました。 赤ちゃん寺というのがいつ出来たかは知りませんが、私は聞いた事もありません。多くの家は菩提寺の水子供養塔に納められるので、菩提の墓を参るたびに水子様への供養も出来ました。 つまり菩提寺なら子供も行くので、呼ばれる等という事は言われないでしょう。 要するに人の解釈と言うのは勝手ですから良いようにも悪いようにも言われるのです。そして悪く言う方が圧倒的です。、 人が死ぬと周囲の人の一部は当事者の責任を問います。「あの時こうしてれば」とか「あんな事するからこうなった」とか。それが如何にも自分は故人の事を思っていたと言わんばかりなので、どうしようもありません。 夫婦で良く相談し、選んだ事に自信を持つべきです。非難する人に根拠などないのですから。 だから墓参りに子供を連れて行くも行かないも、自分の考えで決めるべきです。でないと墓参後に風邪をひいても貴方の責任にされます。

kirari0903
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 貴重なお話を聞かせていただき、為になりました。 最後の、自分の決めたことに責任を持つ、というところはとても心に響きました。 まだまだ年齢的には未熟者だとは言え、一人の子の親ですものね。 この子の為にも、亡くなった子の為にもしっかりしなきゃ、と思いました。 ありがとうございます。

  • dai-ym
  • ベストアンサー率22% (848/3824)
回答No.1

知り合いのお坊さんから水子の話を聞いたことがあります。 もともと仏教ではこの世は魂の修行の場です。 水子というのは魂の修行をしようとして出来なかった存在ということになります。 ならばどうするのか。 この世に生きる代わりに、生んであげることができずに悲しみ傷ついている母親を幸せにすることで、魂の修行をするそうです。 胎児というこの世の知恵の無い状況でのそういう行為は相当大変だそうです。 だから、いち早く、母親は子供を生んであげられなかった悲しみや傷から立ち直らないといけないそうです。 で、赤ちゃん寺に生きている子供を連れて行っていいのかどうかは聞いてませんでした。 ただ、水子の霊は別に赤ちゃん寺で彷徨っているわけでもなければ、この世に生まれ出ることが出来なかったことを怨んでいるわけでもないです。 なので、水子の霊がたくさんいるから連れて行ってはいけないということは無いでしょう。 ただ、多感な時期の子供をそういうところに連れて行くことで、どういう影響を与えるかわかりません。 ちゃんと自分の弟が生まれることが出来なかったんだということを正しく理解させることが出来るまで、言わないほうがいいのかもしれません。 逆に生まれることが出来なかった弟がいたことを知ってお兄ちゃんらしくなったり、優しくなるかもしれない。 どういう影響を与えるかはわかりません。 ただ、水子の霊が彷徨っているから良くない。ということだけは無いですよ。 赤ちゃん寺に行くのも、自宅の仏壇で手をあわせるのも、どちらもちゃんとした供養になりますよ。 後は自分が納得できる供養の仕方をして、水子の霊が早く修行が終われるように幸せになることが一番ですよ。

kirari0903
質問者

お礼

回答、ありがとうございます。 恥ずかしながら仏教のことはあまり知らないので、大変勉強になりました。 早く大変な修行を終わらせてあげたいので、家族みんなで明るく生活したいと思います。 赤ちゃん寺に関してですが、水子=怖いと言う知人のイメージなのかもしれませんね。 ありがとうございました。

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