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人を誘わない人
- あるグループの友達同士で大勢で遊ぶとき、私は誘われたり誘われなかったりします。
- 私はその学校に所属していませんが、そのグループの人たち同士は毎日のように顔を合わせるわけで、私は今のところ得に仲のいいのは3人くらいに限られています。
- 私は転勤で仕事をしているため、誘ってくれるのが嬉しいし、彼らもそれを分かってくれていると思います。しかし、彼らは大勢で遊びたいよりも身内で遊ぶタイプだと感じられます。これが私にとっては時々不快です。
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それは自分が選ばれない部類にいつか入ることがあるかもしれないと恐れる心理があるからじゃないでしょうか。 選んだ人とのみ遊ぶことで、相性の合わない人がいなくて楽しいでしょうけど、選ぶってことは選ばれない つまり拒否された人が存在することになる。 自由参加だったら個人の選択ですが、選んだ人のみ遊ぶってことは、まず他人の選択があって、その後に個人の選択がくるわけです。 別にそれはそれでいいんじゃないかなー 自分だって遊ぶ人選ぶし。 仕事だと嫌なやつにも愛想よく接しないといけないが、遊ぶときくらい相性のいい人と遊びたい。 一度 遊びに誘われ参加したとき、「あなたは選ばれたんだよ、他の人は選ばれなかったんだから」と言われたことがります。 そういうことで選んでやったということに感謝しろと? 仲間だと認めてやっていることに感謝しろと? 嫌われていないと安心しろと? 逆に「明日行く?」と聞かれ「何が?」と答え、相手はマズーな顔をしたこともある。 別段マズーと思わなくていいのにと苦笑した。 人間ってのは群れを成すことで自分の安全を守るわけです。 弱い動物や人間ほど群れを形成するわけです。 あなたが群れを成したがる行動もそこから来ているわけです。 それは普通の人間のやりたがることですから、普通の行動です。 だからこそ排除がとても怖いんです。 村八分って昔あったそうです。 村の住民はお互い助け合うことで共存していたわけです。 単独では生きられない集団なので、逆に村八分になるということは、その後とても生存が厳しいことになるので、だからこし村八分にならないように、ご近所さん付き合いを無理してでもするわけです。 村の集団に貢献しない人は、排除するぞという暗黙の威嚇があり、それに怯えた上でも仲良しごっこ。 そうなると無理を通さなければならなくて、これまた辛いが排除になるよりマシと考え、いろんな行事があるたび、お世話係りをせっせとこなすわけです。 そんな死活問題レベルの仲良しグループじゃないでしょ? いくつかの仲良しグループにこっそり参加しておけば、その一つから誘われなくなっても、別の集団と仲良くできるので、困らないじゃないですか。 共通のメンバーがいると、一つのグループで誘われなくなると、共通メンバーと顔をあわせずらくなるので、なるだけメンバーは重ならない方がお互いのため。 そんなうまい世渡りの術を持っていれば、生きていけますよ。 でも、本当は誰からの評価も期待しない生き方が、一番強いんですけどね。 誘われるために無理に変化をする。 せっせと幹事をやって集団に貢献しようとする。 そういう人って、一番1人になることを恐れているから、集まりを頻繁に起こそうとするわけです。 そっちの方がよっぽど病気だと思う。
お礼
ありがとうございます。自分では気づけないことがあって大変参考になりました。 まあ、欲しがられていない人にべったりしてもしょうがないので、自分のことをしたって誘ってくれる人に自分も顔を出すようにしようとおもいます。 問題は、私はこういう性格なんで地元には所属するグループもいっぱいあるんですが、転勤中で会社と家を往復しているだけなので他に友達を作る機会や時間がないということ。それと、すごく気に入ってる女のコがそのグループにいるんできるだけ会いたいんですよね。