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男尊女卑の世界史上の例外はあるか

いままで私が生きてきたなかで、男尊女卑は世界的潮流のような気がします。 歴史史上、男尊女卑でなかった国または社会は存在するのでしょうか。

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  • ベストアンサー
  • Canecius
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回答No.6

 マレーシアのセマイ族という部族は、男女の社会的役割の差異(ジェンダー)がほとんど存在しない集団の事例として、人類学者の間では有名なようです。また、タヒチ島の住民もだそうです(デヴィッド・ギルモア著『「男らしさ」の人類学』、春秋社、1994年、第9章を参照)。こうした集団においては、男尊女卑的な文化はない、もしくは、ないとまではいえなくても極めて希薄なようです。  近代社会になって「男=外(公的領域)、女=内(私的領域)」という区分が広まっていった(まずは18世紀後半のイギリスやアメリカなどで)、ということは多くの女性史研究者などが認めているようですが、それ以前の社会が男尊女卑が弱いとかそういうことはないようです。逆説的ですが、女性が公的領域(労働とか政治とか)から排除された反面、「女性=家庭を守る」という図式がうまれ、女性の育児などにおける役割の重要性が尊重されるという傾向が生まれたようです。  もちろん、これによって育児の責任が女性に大幅に課せられるようになったともいえますから、この手のことは「女性の地位向上」と一概に言うことは困難なのではないかと思います。また、パーソナルな人間関係のレベルでは、男性が女性より損をしている場面もあるとは思いますが、社会・経済・政治・文化など様々なレベルで見た場合、男性は依然として「損して得取れ」的に特権を握っているのかもしれない、と思います。

noname#2813
質問者

お礼

たいへん専門的に説明していただきありがとうございました。マレーシアのセマイ族の例はたいへん参考になりました。

その他の回答 (5)

  • ryogoku
  • ベストアンサー率44% (16/36)
回答No.5

家庭科便覧に、男女の役割が現在の日本と逆転した感じの部族があると載っていました。 南半球の海洋部族らしいのですが、 漁に行き魚を捕る権利や、市場で店を出す権利などは 女性にしか与えられず、非常に名誉なことなのだそうです。 因みに男性の仕事は体を飾ったり家事をしたりしながら奥さんを家で待つこと、らしいです。 便覧には編み物をした男の人の写真が載ってました。 家庭科便覧に載ってた事なので、ガセでは無いとは思うんですが…。

noname#2813
質問者

お礼

ありがとうございます。 女尊男卑的な社会が実際にあるんですね。 もしご存じでしたら、その部族の名前を教えてください。

  • sets7
  • ベストアンサー率25% (12/48)
回答No.4

お礼を読みました。私もハッキリと「これ!」という理由は知らないのですが、今まで読み聞きした中で推測してみます。 江戸時代は一応徳川幕府という政府はありましたが、実際は各藩がそれぞれの民を治めていましたよね。 それが明治になり、天皇・政府中心の中央集権国家になったことで、管理しやすい社会システムを新たに作り直す必要があった筈です。 そんな中で、家父長権に支えられた家族制度が国家秩序の基盤になって行きました。人間が人間を管理しようとする時、女性に発言権を与えないのは、むしろ男性側から見れば自然な事だと思います。 天皇家を見ても、歴史を紐解けば女性の天皇は確かにいましたが、この頃から「天皇は男子に限る」と明文化されています。 鉄道、印刷など、外国から新しい技術が日本に入って来た事も、社会を大きく変えた一つの要因だったと思います。つまり、宣伝が行き渡りやすい社会です。 特に新聞の発達が、男尊女卑の浸透に大きな役割りを果したようです。「婦徳とは、」「家庭婦人」「良妻賢母」「辛抱」「犠牲」という言葉が新聞に踊り、この頃から女性は内に内にと向って行きました。こうなると、一つの方向にヒステリックに突っ走ってしまう日本人の習性から、男性どころか同じ女性までも、出過ぎる女性を批判する社会の論調が出来上がって行ったのでしょう。 実際大正時代に入り、大学に始めて女性の入学が認められた時、「女性に教育はいらない!」と反発の声を挙げたのは、婦徳を持つとされる女性たちでした。 この頃の賢い女性は、夫をたて、舅姑に仕え、子供を沢山産み、家庭を守れる女性であり、高い教育を受けた女性ではなかったのです。 最初各地域ごとに行ない、地域によってはそう厳しくなかった「言論統制」や「検閲」も、中央政府に一本化されてからは厳しさを増し、男尊女卑という社会秩序に異義を唱えようものなら、社会から厳しい制裁を受けるようになったようです。 あ~こんな時代に生まれなくてほんとにヨカッタ! ところで、これで質問の答えになったでしょうか・・・。 また、何かあったら補足して下さい。私に解る範囲でお答えします。

noname#2813
質問者

お礼

ありがとうございます。 女性と言えばかつてはしいたげられてきたような感じですが、 女性の立場は女性が築いてきたものでもあると言うことですかね。 話は変わりますが、フラメンコのような踊りは女性が男性に身をまかせることが重要だと効いています。

noname#25358
noname#25358
回答No.3

 アマゾネス……でしょうか?(笑)  あと、中国の少数民族やアマゾン流域の民族の中には、「男尊女卑」という概念そのものが存在しない社会もかなりあります。  というより、男尊女卑ってのはけっこう、高度経済国家だけの考え方だったりするんですよ。  男に言わせりゃ、女の方が男より百倍得してる(笑)

  • sets7
  • ベストアンサー率25% (12/48)
回答No.2

現在の北欧諸国は女性の社会進出や、政界での女性議員の進出が目覚ましいですよね。 でも過去となると、確かに男尊女卑が世界的潮流だったようです。クレオパトラや西太后のような例はあるけど、下々では女性が強かったといことはなさそうなので。 日本の神道の世界では、天照大御神という女性の神様が長い間一番の奥座敷に置かれていたのだけれど、本居宣長という国学者が天照大御神を降格して、神武天皇(この辺が定かではない)だったか誰か男性の天皇が一番奥に祭られるように定義を変えてしまった、という話を本で読んだ事があります。 現在の皇統譜の元になっているのは天照大御神ということになっているのですから、本居宣長は男性優位の社会の基盤整備?をしたということになります。 実際、紫式部や清少納言が活躍した時代は、思った程男尊女卑ではなかった、という見方があります。 そこへ行くと、明治以降の社会では政府が意図的に女性は男性に従うもの、という宣伝をしたようです。 中公新書から出ている「裁かれる大正の女たち」とい本の中に、そうした社会の中で自立し自由を求めた女性たちが、如何にひどい中傷の嵐の中に身を置いていたかが書かれています。 世界に目を向けると・・・、やっぱり思い当たりません(^^;

noname#2813
質問者

お礼

ありがとうございます。男尊女卑の社会に自然になったという感じもしますが、敢えてそういう社会になるように仕向けたような気もします。 政府が意図的に男尊女卑社会をつくった理由を、よろしかったら教えてください。

  • ARC
  • ベストアンサー率46% (643/1383)
回答No.1

その昔、地母神信仰は日本を始め、世界中の多くの土地で見られ、農耕社会においては非常にポピュラーなものでした。 こういった信仰が盛んだったところでは、女性の社会的地位は結構高かったそうです。 女体は生命を生み出す神聖なものとして、昔は捉えられていたんですね。 ちなみに「かみさん恐い」的ジョークは、世界のどこででも通用したりします(笑)

noname#2813
質問者

補足

みなさま、お返事ありがとうございました。 私が感じていた、ことはおおよそ間違ってはいなかったように感じるのですが、 女性が男性と同じ役割を演ずる場合もあると言うことは勉強させていただきました。