獣医師でウイルスに専門知識を有します。
(1)ですが、端的に言えば「それらの塩基配列があまりに違いすぎるから」です。
H1やH5というのはHA蛋白の型別ですが、これらの型が違うということは、この蛋白をコードしている遺伝子の塩基配列が違うことを意味します。
新型はH1で従来季節性インフルエンザとして流行しているソ連型も同じH1なのですが、新型とソ連型は同じH1といっても塩基配列は相当異なります(すなわち、抗原性も異なるということ)。
同じH1亜型の中ですらこれほどまでに異なるのに、H5となればさらに大きく異なるわけです。
生物の進化は「ごく小さなマイナーチェンジの積み重ね」ですから、突然塩基配列の50%もの領域が変異するような跳躍的な変異は、数学的にも生物学的にもあり得ません。
遺伝子解析の1つに「系統樹解析」というものがあります。
これは複数の同じ領域の遺伝子の塩基配列(もしくはアミノ酸配列)を統計的に処理して「どの株から何時頃にどの株が分岐したのか」を調べる手法です。
一応、無料のサイト及びフリーソフトで系統樹解析はできますし、解析する塩基配列も誰でもデータベースから取って来れますから、素人でも新型インフルエンザウイルスの系統樹解析をすることは可能です。実際にはデータベースの検索タームの設定や系統樹解析のパラメータ設定などで行き詰まるでしょうけど。
でも、誰がどのようにやっても、新型がH5から分岐した、という系統樹は出てこないでしょう。同じH1のどれか(ちゃんと北米型豚インフルエンザウイルスを解析に入れていればそれから)から分岐した、という系統樹が出てくるはずです。
(2)についても同様の手法で解析した結果です。
ちなみに新型は豚インフルエンザだけでも2種類、さらに鳥インフルエンザやヒトインフルエンザの遺伝子の"ハイブリッド"なので、(2)も厳密には正しくありません。
そこのところを詳しく解説すると、インフルエンザウイルスの遺伝子は1本ではなく、8本あります。これを「分節」と言います。基本的には1本の分節に1つの遺伝子が乗っています。
インフルエンザウイルスに限らず、ウイルスは全て細胞内に侵入すると殻(カプシド)は用済みなので捨てられて、中の遺伝子が細胞内に放出されます。
で、その遺伝子から様々な過程を経て細胞がウイルス粒子を生産するわけですが、分節遺伝子を持つウイルスの場合は特殊な事情を考慮しなければなりません。
つまり、「異なる2種類のウイルスが1つの細胞に同時に感染した場合」に起きる現象が、分節遺伝子を持つウイルスは特殊なのです。
豚にヒトインフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスが同時に感染したと仮定します。
ヒトインフルエンザウイルスは1a,2a,3a,4a,5a,6a,7a,8aの8本の遺伝子を持ち、鳥インフルエンザウイルスは1b,2b,3b,4b,5b,6b,7b,8bの8本の遺伝子を持っています。
さて、細胞の中でウイルス粒子が組み立てられる際、複写されたそれぞれの遺伝子がカプシド(殻)に収まってウイルス粒子が感染するわけですが、この時「きちんと整理されて遺伝子が収まる」わけではないのです。
ある粒子は1a,2b,3b,4a,5b,6b,7a,8aの8本が収まり、ある粒子は・・という具合に、早い話256通りの"遺伝子セット"を持ったウイルス粒子ができるわけです。
要するに、遺伝子(正確には分節)単位で「遺伝子組み換え」をしているということです。
この現象を「遺伝子再集合(リアソータント)」と言います。
A型インフルエンザウイルスが「新型インフルエンザによる世界的大流行」を定期的に引き起こして恐れられているのは、この現象があるためです。
今回の新型も、ある分節は豚インフルエンザ由来、ある分節はヒトインフルエンザ由来、ある分節は鳥インフルエンザ由来、と3種類のインフルエンザウイルスの遺伝子再集合体です。
というより、最終的には「2種類の豚インフルエンザウイルス」がどうやらメキシコの豚でリアソータントを起こしたらしいのだが、その内の1つの豚インフルエンザウイルスは、もっと以前に鳥とヒト由来のウイルスとリアソータントを起こしていたものらしい、ということのようです。
お礼
いつもたいへん詳しくかつ的確な御回答を頂き、御礼の申し上げようもありません。 理解もかなり進み毎回御教示いただく内容が少しずつ分かるようになってきたのではと思っております。これも一重にJagar39様のお教えのお陰です。重ねて厚く御礼申し上げます。 今後ともよろしくお願いいたします。 ありがとうございました。
補足
御返事が遅くなって申し訳ありません。 詳細な御回答を頂き有り難うございます。たいへんよく分かりました。 少しだけお尋ねしてもいいでしょうか。 H5N1の塩基配列とH1N1のそれとが大きく異なるのは分かりましたが、同じH1N1同士ではどのくらい異なるのでしょうか。 H5N1とH1N1の違いはH1N1同士での違いとの比較において見なければならないのではないかと思いお尋ねしました。 よろしくお願いします。