- ベストアンサー
自分と同じ服装や車に遭遇すると感じる違和感
他人が自分と同じ服装や車を持っているのに遭遇すると、何かあまりいい感じがしませんね。なぜだろう?
- みんなの回答 (2)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
- ベストアンサー
noname#101110
回答No.2
人間は意識するとしないとにかかわらず差別化を狙っているものです。他と異なった服装、車種、グレード、オプションなどを選択して自分ひとりが世界のなかで目立ちたりたがっているのです。そこへ同じものを持った他人が現れたら、その野望が半分なり失われた気分が起こるのでしょう。 もっとも、自分より立場が上で比較にならないセレブが同じ服を着ていたら、むしろそれに同化したような気分になって嬉しがる面もあると思いますが。
その他の回答 (1)
noname#194289
回答No.1
自分が完全には主体性を持ってはいないということが客観的に納得されてしまうからではないでしょうか。卑近な例でも学歴自慢の人は同じ学歴の持ち主とならばされることを嫌います。自分が作った学校でもないのにと思いますが、差別化というのは一皮むけば主体性の欠如を意味しているように思います。かと言って服や自動車を自分で作ったり改修しないと気が済まないというのもこれはこれでまた問題でしょう。すこしずれますが車はともかくビジネススーツやネクタイなどは同じ色柄の生地で何本くらい作られるのか気になってきました。
質問者
お礼
主体性の欠如が原因かもしれませんね。 その空洞に入り込むような実態を感知するとき、人は恥ずかしさと空虚さを突きつけられたような感覚を持ちます。少なくとも私はそういう気がします。学校の出身というのもいい例でしょうね。
お礼
「差別化」は主体性の欠如とも関係ありますね。ともあれ、人とは違う固有の価値があるはずなのだ、という信念妄念に支えられて人は生きているものなのかもしれません。それが無効になることへの拒絶感なのでしょうね。