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自己分析と自己容認
自分を磨きたいという質問の回答から、 まずは自分自身を嫌いにならないようにしたいと思います。 そのために自分はどういう人間か?とその自分を認めてあげるということをしたいのですが、上手い方法はないでしょうか? 自分がどんな人間か?というのを考えても、意外とでてきません。何かよい方法はないでしょうか? また、わかっていることとして・主体性がない・嫉妬深いという特徴があると思います。 主体性がないはその分協調していこうと認められなくもないですが、嫉妬深い等なかなかプラスに捕らえにくい自分の部分はどう認めていけばよいでしょうか?(おそらく自分が不幸せと思っているため、相手の幸せを喜べていないので、その不幸せな気持ちを治せればなくなるかと思いますが・・・) よろしくお願いします。
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>自分がどんな人間か?というのを考えても、意外とでてきません。何かよい方法はないでしょうか? そんなのすぐに出てくるわけはありません。人に会い、人と話すことでその中からあぶりだされる自分を少しずつ理解していくという作業の繰り返しです。首を後ろに回してあなたの背中を見てください。カメレオンじゃないんですから、全部は見えないと思います。人にはあなたの後ろ姿は丸見えです。でも、人はそうそうあなたの後ろ姿など言ってはくれません。一気に言うとストレスになる事くらい自分を考えればわかってしまうからです。だったら人とコミュニケーションを保ちながら少しずつ自分を理解していく他はありません。はっきり言って地道な作業です。面倒と思ってしまうとわかっているだけの自分の中に入り込んで出てこれない人だっています。でもそこを我慢してじっくりあなた自身という人をコミュニケーションの中で見出すことこそ社会生活が出来る(程度が高いというよりcan+動詞という意味ですね)という気がしますね。 確かに嫉妬深いというのは表裏の表を見つけにくいとは思いますが、それだけ人に対する思いが深いとも言えます。情け深い人程嫉妬深いものです。(余程人間が出来た人なら例外にもなり得ますが) でもそういった自分のキャラのスペックの言葉の一つ一つよりあなた自身の全体像から考えていく方がいいような気はします。もっとも、これも手法なので一概には言えないのですが。
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- jimmy35
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>他人と話をして「あそこでこう返せばよかったな」と嫌なことならよく振り返ったりするのですが、こういうのが自分を知るということなのでしょうか? それも一つです。但し多くある中の一つです。 一番大きいのは、人の言っている事を良く聞く事です。先に相手の像が出来やすいのは仕方がないですが、あなたに関するヒントも多く出ているはずです。(いい事嫌な事含めて) 主体的に物事を考えるのは確かにとても大事ですが、そればかりだと、独りよがりの人格しかできません。 主体と客観のバランスを考えること。つまり主張すべきは主張する。聞くべき時は話を聞く。そのタイミングとバランスを良く考える事です。中国の古代の思想家の孔子は一言でこの事を言いました。曰く「中庸」です。
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ご回答ありがとうございます。 相手の話をよくきき、客観的な自分を見つけることができれば嬉しいです。
- kyhr1688
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自らを極限の状況に置く。 そういう状況を経験すれば、痛いほど自分が見えますよ。 (他人も見えますけどね) 極限といっても、エベレストに登れとは言いません。 退路を断って何かをやりとげる。とか。 誰も頼らず、言葉の通じない国に住む。とか。 や○ざの後頭部を殴ってみるとか(w まあ、何でも良いんですけどね。 家でぬくぬくと頭をめぐらしても、日常生活に埋没した生活を送っていても、無駄に時間を費やすだけと思いますよ。
お礼
ご回答ありがとうございます。 確かにピンチにたったときに本当の本性がわかりそうですね。
お礼
ご回答ありがとうございます。 すぐに自分を理解するのではなく、少しずつ見つけていこうと思います。 他人と話をして「あそこでこう返せばよかったな」と嫌なことならよく振り返ったりするのですが、こういうのが自分を知るということなのでしょうか?