• ベストアンサー

読者について、理解や思考や集中が

自分は、小説を読書することが趣味なんですが、理解や思考があまり追いつかなくて困っています。 どう考えても、普通の人よりも理解や思考やその他諸々低くい気がします。 この場合の普通の人とは、読書をしない人のことで、さらに私は読書が趣味なのに能力が低くて苦手というのもおかしい話です。 好きこそ物の上手なれということわざはこの場合、適応しません。 よく読書をすると、思考や理解や集中力が身につくとか、新聞や町民新聞にも、そういうアンケート集計を見かけましたが自分は全く実感できないのです。これで実感できる人は実際いらっしゃるんでしょうか。 また、自分は普通に読書を150冊前後と、熟読精読再読までやった読書を99冊読んできましたが、集中力がほとんどなくて非常に年数がかかりました。11年と10ヶ月です。数行読み進むとどんな文章があったのか忘れてなかなか前に進めなくてこれだけかかってしまいました。 能力がすべて低いことで悩んでいる自分ですが、せめて読書だけでも何とかならないものだろうかと思っています。 理解や思考や集中や記憶などを深く、そして引き上げる方法があったらどうか教えてください。 (ネットでよく見かける自己啓発関係はいろいろ、時間も期間も長くかけて行いましたが、全く効果がありませんでしたので)

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • takakubo
  • ベストアンサー率31% (284/894)
回答No.5

私は学校で図書館司書をしているので、「本を読む=思考的能力が上がる」などの方程式をよく紙面上や仕事上で使います。けれど実際は本をよく読む人のほうが、というのは一概に言えないものです。 というのは、昔と違って、現代は本以外の媒体(テレビ・携帯・インターネット・新聞・雑誌など)からも色々知識は増やせるものですし、人とたくさん関われる人はそれだけの情報を得ることができるのですね。 あなたはどのような本を読んでいらっしゃるのかわかりませんが、ただ読めばいい、とか数こなせば言い、というのは違うのです。1冊でもじっくり読む、というのとさーっと読んでいく、というのでも違いますしね。何を読み、何を考え、何を得たか。なのですね。 あなたが本をよく読むことはすばらしいことです。けれど誰かと比較して自分の能力がどうか、というのではなく、もしあなたが全く本を読んでいなかったら今の能力はあったか、を考えてみてください。 あなたが読んだ本について考えたことを、是非誰かと共有できれば、と思います。ブログのようなものでもいいので、「自分はこう考えた、感じた』などと書いて、他の人が「自分はこうだ」という意見を分かち合えたら、そうか、こういう見方があったか、と感じることができるのです。アマゾンなどでも書き込めますので是非お試し下さい。

rudosebu
質問者

お礼

さすが司書さんでいらっしゃいます。 目からうろこが落ちた心地です。 客観的で、しかも本のことと読書好きのことを理解もし、共感もしていらっしゃるんですね。 とてもためになりました。 実は、熟読再読した小説に限り、ブログに自分なりの感想を書き、アマゾンのレビューも読んで、一般の方なのにみんな的確でいろんな方向から理解し共感できる感想を読みます。 さらにそれで、違った小説の楽しみ方や新たな感想を抱き、ブログをさらに書き換えるという、実にじっくりとゆったりと充実した趣味をしているのが自分です。 ただ、アマゾンのレビューで、みなさん素直でしかも簡潔に的確に、考えや理解、感想を書いていらっしゃって、自分との大きな違いに少しばかり失望していたのです。 しかし、それは高望みだったのかもしれません。 他人と比較して、しかも能力で片付けようとしたことは間違いでした。 好きが高じて楽しみを見失うようなことにならないように、それに気づかせてくれて、回答者様には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。 一冊一冊を大切にしていけば、それなりの理解や感想も自然と得られるようになるんだなと思いました。 理解から共感、そしてさらなる理解から感想が浮かび、そこから得られるものがあるのなら、それは読み手の心の問題だったのかもしれないと今さら感じました。 大切なことに気付きました。 心から、ありがとうございました。

その他の回答 (5)

回答No.6

年に300冊以上という条件ですが、私は合格してます。 気に入った本は何十回と読み返しますので、 実際の読書量はその十倍くらいになってしまっているかもしれません。 でも、好きで色々と読んで、結果的にその量というだけですね。 量に関わらず『本が好き』なのであれば、趣味は読書と言って良いはずです。 母が本屋で働いていたせいか、生まれた時から周りに本がありました。 おそらくは絵本に始まり、昔話や童話などを読み、 世界名作全集や偉人の伝記などなど。 小さい私にとって、ドキドキワクワクの世界へと連れて行ってくれる、 最高の遊び道具が本でした。 おそらくは、そういう風に自然に読書の世界へと入ることが、 一番良い方法なのだろうと思います。 すでに大人である貴方でも、この方法は使えるはずです。 子供向けだからと切り捨てずに、童話などを読んでみましょう。 読みやすさと楽しさは保証しますよ。 『思考や理解や集中力が身につく』ために本を読む、 ということが私には理解できません。 あくまでも結果的に『そういう効果もある』 といった程度ではないかと思います。 私自身、他人よりも集中力は高いようですが、 これは周りが見えないというデメリットでもありますから。 読んだ内容を忘れてしまってもいいと思います。 一度読んだだけで、全ての内容を覚えるなんて無理なんですから。 『楽しかった、また読みたい』と思えるような本を読むのが良いかと。 そして何度も読み返すわけです。 そうなると忘れてしまうほうが、 何度でも楽しめてお得なのかもしれません(笑) 私にとって読書は、楽しむためのものです。 読んだ後、『楽しかった』『おもしろかった』 それだけでいいのではないでしょうか。 何か身にならなければいけないという制限を加える必要はないと思います。 だらだらと長くなってしまいましたし、参考にはならないかもしれません。 ただ、貴方の読書時間が幸せであることを願っています。

rudosebu
質問者

お礼

>でも、好きで色々と読んで、結果的にその量というだけですね。 そうなんですか。読める人は味わいながらでもたくさん読めてしまうものとばかり思っていました。 >子供向けだからと切り捨てずに、童話などを読んでみましょう。 良いですね。 以前、子供向けと馬鹿にできない、寓意に富んだ身につませれる作品もあるんだろうと思い、子供向け童話を読みました。 結果は思いのほか心にきて涙ぐんだほどで……。 (自分は基本的に、小説(物語)の範囲内で素晴らしいものなら何でも読みます。シリーズは苦手ですが) >『思考や理解や集中力が身につく』ために本を読む、ということが私には理解できません。 本当にすいません。 同じ読書好きなのに得られるものが違うのだろうか、という感じで、嫉妬したに過ぎません。 むしろ自分は分かっているつもりです。 どんなに素晴らしい小説であっても、読書だけに固執していては却って頭が固まってしまってほぐれないことに。 つまり自分が能動的に行動し、じかに見、考え、聞き、話し、自身で経験することに勝るものはありえないことに。 知っていたはずなのに、ついでにそんな質問をしてしまった自分の心の弱さよ。 さらにいろいろ指摘くださり、本当に恐縮です。 自分自身答えは出していたのに、ちょっと見失っていたのです。 趣味とは、ためになるかどうかではなく、他でもない自分が楽しめる至福のひと時のためにあるのだということを。 もう見失うことはありません。 読書の素晴らしさは、あなたも皆さんも、自分も分かっていることなので。 それを、今再び大切なことを思い起こすことができました。 心からありがとうございました。

noname#122427
noname#122427
回答No.4

こんばんは、お邪魔させてください。 私は学生時代は「量を読む」タイプの本の虫でした。 今は子育てやらに忙殺されていて、確保出来る時間が細切れです。 その所為か本の数は格段に減りましたし、新規開拓もほとんどしなくなっています。 これ迄に読んだ本を読み返し、「新たな視点から読む」とか「経験を経て深く読める」とか、そんな感覚を味わっているように思います。 それと「実際に本を手にしている」時間よりも頭の中で思い返している時間の方が多くなっています。 これで「本好き/読書が趣味」と言って良いのか?は不確かですが、私から本を取ったら、或は世界から書物が無くなったら、生きている意義の半分以上が消え失せるように思えますから、やっぱり私は「本の虫」です。^^ さて、ご質問ですが、もう一つの「趣味について。。。」の質問も偶然見つけて拝見したのですが。。。 ご希望に添った回答になるのかな?と不安ではありますが、お悩みの一助になれるなら。。。と思って出しゃばって参りました。 もう試した、或は助けにならない、と思われましたら、どうぞ読み捨ててしまってください。^^ 私の読解方法は大きく二つに分かれます。 1)文字即体験。   読む傍から文字を意識するよりも「本の世界が実在」してしまう。 2)数学的読解。   指示語/同義語/言い換え等を悉く「=」で置き換え、   文法を厳格に追って、文の構造等も理解の手助けにする。    1)で読むのが多いのは勿論ですが、そうとばかり言っていられない読みたくない本(笑)を読む時は2)のやり方が多いです。 学術書のようなタイプは2)の方が読み易いです。 「何らかの手段の為に読む本」は2)の読み方です。 でも考えてみれば、高校の現代文の授業は、この手法だったし、 普通の小説もこの手法で先生は解説してくれたから一般小説にも使えますね。 作家は同じ意味を違う言葉に何度も言い換えるものですから、それを逐一追って行けば理解は楽になるのではないでしょうか? 例えば *同じ意味で使われている言葉は、同じ色の蛍光ペンで印をつける。 *傍らのノートに同義語をメモしながら読み進む。分からなくなったらメモを見る *読み進むうちにそれらの語句に新たな意味が追加されたらそれもノート/本の余白にメモ。 「=」と「+」「-」で語句(主に名詞)を整理するのです。 分かり難い説明ですよね。。。大汗。。。伝わるでしょうか?

rudosebu
質問者

お礼

>或は助けにならない、と思われましたら、どうぞ読み捨ててしまってください。^^ いえいえ、もったいないおことばです。 例えあわないとしても、理解して素直に考えるのは、読書する上でも良い感性になると思うし、他人の言葉に耳を傾けるのは、読書するときに心の壁をつくらないで自然に理解することにもつながるというのが持論でして。 文字即体験でイメージで理解し、数学的読解は数学記号の考えで論理で理解といったところですか。 そうですね、メモしたりラインを引いたりはしないけど、そういう方法や考え方は使えますね。 ためになります。 ありがとうございました。

回答No.3

本を読むのが好きなオジサンです。加藤周一さんが『読書術』〔岩波現代 文庫〕という本を書いています。楽しく本が読めるようになるといいですね。 http://www.amazon.co.jp/%E8%AA%AD%E6%9B%B8%E8%A1%93-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8A%A0%E8%97%A4-%E5%91%A8%E4%B8%80/dp/400603024X

rudosebu
質問者

お礼

なんとなく、読書のノウハウ本か、ハウツー本のような気がします。 膨大な中で、速読か精読かどう読むかといった話みたいですね。 文字を読むこと自体は苦手なんですが、まあ、たまには小説以外も、趣味のためのこういうのもいいかもしれませんね。 どこかにあるようだったら、とりあえず図書館あたりで取り寄せてもらおうと思います。 一応、理解や想像や集中や記憶などの一助になるようにと努力しようと思います。(具体的には、1年に6~10冊の精読玩味再読する小説のために。それ以外の方も、できれば能力が上がれば速く読む方向でできそうですし) ありがとうございました。

  • buriburi3
  • ベストアンサー率44% (353/792)
回答No.2

>この場合の普通の人とは、読書をしない人のことで 「いやぁ、本はあまり読まないんですよ」という人がrudosebuさんより読書量が多い可能性が高い事に注意を喚起したかったのです。 小説は頭の中で情景を思い浮かべてシーンを想像して映画を見るような感覚で読み進めると思いますが、 速度が遅かったり数ページづつ細切れに読むと想像力がうまく働かないと思います。 一回目は速度優先で通読して、通読後に読み返してみてはいかがでしょうか。

rudosebu
質問者

お礼

わかりました。 速度優先で読もうと思います。 理解できなくてもいいのでまずは量をこなしてからにします。 理解できるギリギリまで落として速く読んでも、視読(黙読しない方法)でも、簡単な文章でも理解そのものが遅かったり、基本的に苦手なので、難しく考えないで速く読むことだけ考えます。 それでも、本来の愛蔵の小説(自分の趣味の本質、質を重視する深遠な趣味)だけは、理解や思考やイメージが苦手でも、他人の何十倍時間がかかっても丁寧にかつ繰り返しさらにさらっともう一度読みます。 だからこそそれ以外は、理解や集中や思考を上げるために、本来の趣味のためにたくさん読めるように速度を上げて読みます。 自分は頭が悪いので整然と言えませんが、何かが本末転倒にならないように、深淵のほうと浅いほうで。 深く(深遠な愛蔵の小説のために理解、思考、イメージ等上がるように)できるように浅く読むように(多読)し、それで深く読む実力にできれば良いことだと思います。 はじめの、本来の質問の趣旨は、理解、思考、集中のアップ及び深さについてなので(確かに速度もついでですが)、本末が転倒しないように努力します。 ありがとうございました。

  • buriburi3
  • ベストアンサー率44% (353/792)
回答No.1

「趣味は読書」と言う場合は年間読書数300冊以上が最低条件らしいです。 私も本を読むのは好きですが、技術書を除くと年間100冊ちょっとしか読んでませんので「趣味は読書です」とはおこがましくて言えません。 で、これをふまえて、たった250冊ほどを読むのに11年って、まったく「本を読んでない」部類に入ります。 読書好きな人なら1年で読破する量に足りてません。 集中力、理解力以前に読書速度が遅すぎませんか? 個人的な意見ですが、文芸作品を味わうには1冊を一気に(トイレは仕方ないけど他の中断はなしで)読みきるのが大前提だと思います。 文学評価が高い(けど、読みにくかったり質問者には興味の無いテーマだったりする)本を選んで読んでませんか? 質問者が「面白い!」と感じるテーマの本を読んでみてはどうでしょうか。

rudosebu
質問者

お礼

ネットを見ているといろんな意見があることに気がつきます。 そして本当にそういう考えをしてい方がいらっしゃることがわかりました。 確かに回答も、考え方によってはありえることのようにも感じましたが、かえって焦燥感に苛まれてしまいましたが、ためにはなりました。 ありがとうございました。 (まあ、価値観が違うだけでここまで自分が反発心を抱いてしまったのは、抱いただけでも全くいけないことなので自戒します。すいません)

rudosebu
質問者

補足

>「趣味は読書」と言う場合は年間読書数300冊以上が最低条件らしいです。 誰が決めたことなんですか? 教えてほしいです。 そもそも、誰かに認められて趣味とするのなら、世論も総意も個人個人の集まりに過ぎませんから、各々価値基準が違い、かえってまとまりがなくなってしまう気がします。 収拾がつかないわけです。 趣味とは客観的評価ではなく、主観的に自分自身の、“自己満足”でなんぼの世界だと、自分の場合は考えます。そう思いたいという気持ちもありますが……。 >集中力、理解力以前に読書速度が遅すぎませんか? もちろんそれもあります。 悩みの種です。 >集中力、理解力以前に 冊数をたくさん読むのも大切ですが、じっくり味わいながら、はい、内容を理解することだけではなく、考え、理解し、理解したことから自分なりでもいいので考えるということも大切で、それができればいいんですけど、非常に時間がかかります。かけても無理です。 しかも、理解、集中が無ければなおさら読む速さも遅くなります。 はい、むしろ自分の趣味とは、量ではなく、質と深みを重んじます。 >質問者が「面白い!」と感じるテーマの本を読んでみてはどうでしょうか。 もちろん選んでいます。 まあ、膨大な量を読書している方々には、矮小な私は愚にもつかないように見えるかもしれませんが、 それでは、 どうしたら、 無理は言いませんので、 熟読再読味わうときには理解、記憶、思考、集中できて、 量で勝負するときにはたくさん読める方法を、教えてください。

関連するQ&A