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「持論を持つ」という言い方は適切ですか
「持論を持つ」という言い方は、動詞にも目的語にも「持」という字(語)が含まれていますが、不適切な言い方なのでしょうか。 一般的に使用されている言い方ですし、「持つ」の代わりとなるような適切な動詞もなかなか思いつかないので、これでいいのかな、とも思うのですが…。 適切だと思う方はその理由を、不適切だと思う方は「持つ」の代わりとなるような動詞を教えていただけると嬉しいです。 よろしくお願いします。
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質問者が選んだベストアンサー
「持論」とは「常に持っている意見」とか、「前から主張している論議」のことですから、「持論を持つ」とは言いません。 持論がある。 持論を有する。
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- 莽翁寒岩 一笠一蓑一杖(@krya1998)
- ベストアンサー率20% (605/2887)
ANo.8の続き でも、これは私の持論(自論とするところ)である、という言い方は見たことはあります。
お礼
回答ありがとうございます。 「持論である」は、No.3で紹介された「持論がある」「持論を有する」に近い表現のような気がします。
- shigure136
- ベストアンサー率37% (278/744)
「今まで持っていなかったものを持つ」という」という意味で、「持論」に合う動詞はあるのでしょうか。 ある見解、論議、論理などが、その人の持論になってゆくには、様々な出来事、議論の場を経ることが必要だと思います。 また、他人との接点は無くとも、他人の意見や見解を聞いて、自分の中で自問自答したり検証したりすることも必要だと思います。 そのような体験を積み重ねた結果、ある時点から自分の考え方は正しいと確信を持ち、その考え方が自分としてのお決まりの論理となって「持論」になるわけです。 したがって、【持論になる】という言い回しがご質問に当てはまるのかなと思います。 *その事件を体験して、いつも彼が口にしている見解が彼の持論となった。 こんな感じでしょうか?自信はありませんが・・・。
お礼
回答ありがとうございます。 確かに「持論になる」という言い方も、適切なように思えますね。 「持論」の意味から考えれば、「持つ」よりも適している気もします。
- kogotokaubewe
- ベストアンサー率56% (236/420)
「~を……するためには、( A )を( B )ことが大切である。」 というようなときに、「a=持論 b=持つ」を入れるのは正しいのか、ということでしょうか。 私の感覚では、「持論を持つ」は「少しひっかかるけど、まあ許容範囲かな」というところです。 > NO.3の回答へのお礼でも書きましたが、「ある」や「有する」は、 > 「今まで持っていなかったものを持つ」というよりは「ずっと持っ > ている」という意味の動詞だと思います。 確かにそういう感じはありますね。「ある」は、上の「( A )を( B )」の「を」を「が」に変えたところでうまく入りません。 でも、「有する」の方なら、ニュアンスは微妙に違うものの、入りますね。 この表現なら、太鼓判! というのは残念ながら思いつけません。 なお、「自論」はyahoo!辞書の『大辞林』にも『大辞泉』にもないんですね。「自説」ならありますが。ネット検索では多数ヒットします。やがて収録されるでしょうか。 (「持論」と「自論」、これも「前から主張している」というあたりで微妙に違うのかな。) 「持論を持つ」も、そのうち辞書に載ることになるかも。 それから、「ずれた話」になりますが、「歌を歌う」に関しては、 声すべて似るものなく、空に澄みのぼりてめでたく歌を歌ふ。 www.ncn-t.net/kunistok/kokorokoten6.htm ※『更級日記』 シテ「歌を歌ひ。舞をまひ。(以下略) www.kanazawa-bidai.ac.jp/~hangyo/utahi/text/yo013.txt 謡曲『老松』 つかさまさりと、しき波ぞ立つ」といふ歌を歌ひて、 http://evagenji.hp.infoseek.co.jp/co-0307-1-5-0.htm ※『枕草子』 と、古くから日本語にある言い方ですね。 あと、"sleep a sound sleep" に似た表現として、 人の寝る味寐(うまい)は寝ずてはしきやし君が目すらを欲りし嘆かむ (万葉集・2369・人麻呂歌集) 宮人の 安眠 ( やすい ) も寝ずて今日今日と待つらむものを見えぬ君かも (万葉・3771・狭野茅上娘子) なんていうのもありますね。
お礼
回答ありがとうございます。 「歌を歌う」に関しては、そんなに古くから存在する表現だったのですね。 「持論を持つ」(あるいは「自論」)も、今後もっと浸透すれば辞書に載ることになるかもしれませんね。
- 莽翁寒岩 一笠一蓑一杖(@krya1998)
- ベストアンサー率20% (605/2887)
自論を持つではないでしょうか? 持論という語を活かしてのいいかたは、仰せの句からは思いつきません。
お礼
回答ありがとうございます。 「持論」という語の意味から厳密に考えれば、適切な動詞はないのでしょうかね。
- cyototu
- ベストアンサー率28% (393/1368)
山の中の山中で、一人の武士の侍が、馬から落ちて落馬して、足の骨を折って骨折し、、、、 と言う歌がありますが、こんな戯れ歌で遊び、我々に笑いや楽しみをもたらしてくれるとは、日本語に音読みと訓読みがあるという、世界にも誇るべき特徴があることの恩恵でしょう。 今だって、お医者さんが「心不全のため亡くなりました」とか、政治家が「DV(ドメスチックバイオレンス)などの家庭内暴力が起こらないような社会やコミュニティーを作るための、政党の基本的方針をマニフェストによる公約で民衆の皆様に主張し訴えていく所存であります」なんて言ってますよね。 書き言葉はいざ知らず、話し言葉では自分の言ったことが話すそばから次々に消えて行ってしまいますから、自分の言いたいことが相手に伝わっているかどうかの話し手の不安感を解消するために、同じ意味の言葉を音読み、訓読み、カタカナ文字で繰り返したり、もっと露骨に、全く同じ言葉を繰り返したりすることは、不思議でもなんでもないと思います。逆にそれを禁止してしまったら日本語をしゃべるのが、大変不自由になってしまいますね。 話し言葉では、こんな冗長な表現が必要とされているのですから、それが書き言葉の中でときどき市民権を手に入れて「歌を歌う」や「持論を持つ」や「犯罪を犯す」などの表現を使うことに、私は異議を申し立てることは出来ません。皆が使っているなら、自分もその感覚に慣れて行くのが、日本語に対する正しい態度だと思いますが、どうでしょうか。 別な話ですが、山茶花をサザンカと読み、お数珠はオジュズと読むなど、まるであり得ない読み方が正しい読み方ですよね。間違った表現が間違いではないという、そんなことを主張出来ること自体が人間の奥深い素晴らしさではないでしょうか。
お礼
回答ありがとうございます。 「皆が使っているから(浸透している言葉遣いだから)間違っているとはいえない」という考え方もあれば、「どれだけ使われていたとしても間違いは間違いだ」という考え方もあるでしょうし、以前は間違いとされていたものが間違いではなくなっていくこともあるでしょうし…。 難しいものですね。
- jo-zen
- ベストアンサー率42% (848/1995)
ANo.5のjo-zenです。補足します。 >「歌を歌う」も使用頻度の点から不適切とはいえない、ということになるのでしょうかね ⇒不適切とはいえないと思います。かなり普通になってしまっています。 「頭痛」とは「頭の痛み」ですから、痛みは頭に限定されています。痛いという場合、お腹が痛いこともあれば、頭が痛い場合もあり、「頭痛」といえば「頭が痛い」ことを表しますので、「頭痛が痛い」だと「痛い」が重なってしまうのです。 「歌を歌う」の場合も、同じと言えば同じなのですが、英語で、sing a song というのに引っ張られていることも考えられます。「頭が痛い」は、have a heaadache となりますので、その辺の違いかもしれません。
お礼
回答ありがとうございます。 「歌を歌う」は動詞にも目的語にも「歌」が使われており、その点では「頭痛が痛い」と同様である気もするのですが、やはりどれだけ日常的な言葉遣いに浸透しているかということが重要なことなのですね。
- jo-zen
- ベストアンサー率42% (848/1995)
以下のURLを参考にしてみてください。 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4118581.html 上記質問もあなたの質問と通じる部分があります。そちらで私が回答させていただいた中から、関係する部分を抜き出せば、 例えば、「犯罪を犯す」は間違っていないように感じてしまうのは、そういう使い方が世間一般で使用される頻度が多くなってきているからだと思います。本来、間違っているのだけれど、一般に使われている言葉を俗語といいますが、「犯罪を犯す」も俗語表現になっていると思われます。 ※上記URLで、「罪を犯す」も俗語表現になっている とあるのは、「犯罪を犯す」の誤りですのでこの場をもって訂正しました。 「持論を持つ」という言い方は、本来は間違っているけれど、間違いとはいえないくらい多くの人が使っている言い方ですから、不適切な言い方とは言えない、というのが私の結論です。
お礼
回答ありがとうございます。 「頭痛が痛い」が間違っていると言うのは、よく聞く話ですね。 「犯罪を犯す」については、私もこの質問をする時に、適切なのだろうかと気になっていたのですが、使用頻度によって適切になる、ということもあるのですね。 例えば、「歌を歌う」も使用頻度の点から不適切とはいえない、ということになるのでしょうかね(間違っていたらごめんなさい。というか、質問とずれた話をしてごめんなさい)。
- suunan
- ベストアンサー率14% (224/1569)
不適切です。 「持論がある」「持論を有する」 が正しい。
お礼
回答ありがとうございます。 「ある」や「有する」は思いつきませんでした。 なるほど。 勉強になりました。 ただし、それらは(「有する」は微妙ですが)「今まで持っていなかったものを持つ」というより「ずっと持っている」という意味の動詞だと思います。 前者の意味で、適切な動詞はあるのでしょうか。 それとも、「(今まで持っていなかった)持論を「持つ」」という表現自体おかしいのでしょうか。
- yataru
- ベストアンサー率53% (7/13)
不適切ではないでしょう。 「持論」とは「日頃から主張している意見」のことですので、それを持っているというのは、別段おかしな言い方ではないと思います、
お礼
回答ありがとうございます。 「日ごろから主張している意見」を「持っている」というのは、確かにおかしくはない気がしますね。 少し気になったのですが、「ずっと持っている」という意味での「持つ」ではなく、「今まで持っていなかったものを持つ」という意味での「持つ」の場合での「持論を持つ」も不適切ではないのでしょうか?
- ymmasayan
- ベストアンサー率30% (2593/8599)
持論は自分の考えです。こんな言葉は辞書に有りませんが「自論」と同じ意味です。 持論を持つ、おおいに結構だと思います。
お礼
回答ありがとうございます。 確かに、「自分の考え」と捉えるならば、「持つ」でも不適切ではないように感じられますね。
お礼
回答ありがとうございます。 NO.3の回答へのお礼でも書きましたが、「ある」や「有する」は、「今まで持っていなかったものを持つ」というよりは「ずっと持っている」という意味の動詞だと思います。 前者の意味で、「持論」に合う動詞はあるのでしょうか。 それとも、おっしゃっているように、「持論」を「常に持っている意見」「前から主張している論議」と捉えると、前者の意味で使用されること自体がありえないのでしょうか。