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昭和の家庭―子供の頃の“お手伝い”は何でしたか?
あなたが子供の頃、家庭の中でどんな仕事をしていましたか? 大学の授業で「昔と今の親子のコミュニケーション」について調査しています。 これまで私が周りの人に聞いた中では ・薪をくべてご飯を炊く ・井戸の水を汲みに行く ・店の配達 ・夕飯の片付け などが上りました。 できれば昭和30年代あたりの情報をもらえると一番嬉しいのですが、 その年代以外でも、また、今お子さんをお持ちの方で、 「うちの息子はこんなことを手伝ってくれます」などでも嬉しいです。 どんな些細なことでもいいので、お手伝いや、それにまつわる思い出など聞かせて下さい。 ご協力よろしくお願いします。
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30年代の半ばまで学生でした。 お手伝いは、 途中から雨になった日には傘を持って駅まで父を迎えに行く。 夜は時々両親の肩たたき・・お小遣いをもらえました。 近所の赤ちゃんをおんぶしてお手伝い。 30年代の初めころは、まだタライで洗濯と云う家庭が多かったです。 良く手伝いました。 お医者さんも往診に来ていましたので、道案内に・・。 お風呂が各家庭にはまだ普及していません。 赤ちゃんがいる家庭は、一番風呂の銭湯に行きましたので、 荷物を持ったり、母親がお風呂に入っている間その世話のお手伝い。 冷蔵庫は氷が入っているもので、それがある家庭も珍しいので、 総菜は毎日必要、買い物にはいつも母親について行きました。 30年と云うのはまだまだ20年のなごりが一杯。 32年~35年、一気に家電製品が普及したように覚えています。
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普通に食器洗いでしたが、「洗剤をつけないとだめ」か「洗剤なしでもいい」か、毎回母に聞いていました。油分のない食事のときは、洗剤なしでいいので、早く終えることができたからです。 それから、毎朝の父親の靴磨き。母が決めた決まりごととして子供心にはなんの思い入れもなく惰性的にやっていましたが、今思えば、亡き父がそれで少しでも出勤が楽しくなったかなと思うと、よかったなと。
お礼
お母さんと一緒に食器洗い、なんだか微笑ましくていいですね^^ 今は食器洗い機で全部一緒に洗う時代になってしまいましたね。 便利になるのはいいことかもしれませんが何かちょっともの寂しい気がしますね・・。 靴磨き、毎朝なさってたんですか!毎朝ピカピカの靴で出勤できたお父さんが羨ましいです。 素敵な思い出お話し頂いてありがとうございました!
風呂焚きです、 今は どこの家でも電気やガス スイッチ一つで済んでしまいますが 松葉や枯れ枝を燃やして 30~40分くらいかかったでしょうか、 親や祖父母が「いいお湯だった」と喜んでくれるのが嬉しくて 家族の役に立っているんだなと思える手伝いでしたね、 昭和40年代 夕方のひと時 子供の日課でした。
お礼
毎日30分~40分火をたくのは大変ですね! でもそうやって子供や孫が頑張って焚いてくれたお風呂は 本当にいいお湯だったと思います。 家庭の中で子供にもしっかり仕事があるって素敵ですね。 ご回答ありがとうございました!
・豆ご飯の仕度で、サヤから豆を取り出すのが好きでした、 この時季に進んでした手伝いです。 ・近くのお宅が鶏を飼っていて、野菜屑をそこの餌箱に掘り込みに行ってました。 ・洗濯(たらい&洗濯板)の時、井戸水をポンプからギコギコ水を汲 むのは面白かったです。 修学旅行専用車 「日の出号」で東京へ行った者で、五人兄弟の五番目、 懐古してほのぼの気分になりました。
お礼
近所の鶏の餌箱に野菜屑を入れるって面白いですね。 どんな物でもゴミにはしないでしっかり使い切って、 そのうえご近所で自然に助け合えているのがすごいです! 母は就学予行は「希望号」だったそうです^^ ご回答ありがとうございました!
- chirobu-
- ベストアンサー率11% (228/2017)
昭和36年生まれです。末っ子のせいか?ほとんどお手伝いの記憶はありませんがやはり、さやえんどうのスジ取りとか、酢飯作る時『うちわで扇いで』って言われてお手伝いしました。お使いにも行きましたし・・・。でも頼まれたものはひとつやふたつなのに必ずそれ以上のお菓子などを、どさくさにまぎれて買っていました(へへっ)。でも怒られたことはありませんでした(末っ子だから?)。あと、母が毛糸のセーターやらを解いてグルグル鞠状にするのに、両手首に毛糸をグルグル渡していく~という良くあるお手伝いもやったかな。
お礼
回答ありがとうございます! 着れなくなったセーターの毛糸を解いて再利用、すごく素敵ですね! 子供も一緒にお手伝いして、お母さんの手編みってすごく暖かいです。 素敵な思い出教えていただいてありがとうございました。
- tips
- ベストアンサー率14% (829/5762)
こんにちは。 昭和50年代生まれですが、お手伝いは、 ☆親の買い物メモをもって、買出し ☆弟をベビーカーに乗せて、友達と遊ぶ ☆弟を保育園に迎えに行く ☆お風呂掃除(なめくじが居て、怖かった!) ☆車の洗車とワックス(休日の午前中) ☆さやえんどうのすじ取り、海老のせわた取り(夕食の下準備) ☆冬は灯油を買いにいった帰りに倒れないように押さえる付き添い
お礼
比較的現代に近い時代ですね。 私は末っ子なので弟はいませんが他は全部同じようにお手伝いをしていた記憶があります^^ 時代とともに消えてしまう「お手伝い」もあれば、 新しい時代と共にうまれる「お手伝い」もあるのですね。 参考になりました、ありがとうございます!
- satoshilove2
- ベストアンサー率16% (999/5904)
50歳のオバちゃんです・・・。 子供の頃の手伝い・・・思い出せるもので・・・ 鶏を飼っていたので、餌やり。 カマドと薪をくべるお風呂があったので、薪運び 近所のお店へのおつかい なところでしょうか? ま、田舎だったので・・・。
お礼
回答ありがとうございます! 当時は薪は毎日の生活に欠かせないものだったんですね。 今は電気やガスが普及して、薪を使うことがなくなってしまいましたね。 暮らしが豊かになり、生活の中の仕事が減っていくにつれて 子供達のお手伝いもなくなっていってしまったんですね・・・。
- hirarno36
- ベストアンサー率20% (274/1336)
40年代で小学校でした。豆腐屋さんが廻って来るのでラッパが鳴るとボウルを持って買いに行きました。あさり(しじみ)売りも同じです。 お手伝いしたお小遣いで「ロバのパン屋」のパンを買います。 あとは庭掃除、水撒き、子守(下の兄弟の)です。粉ミルクを溶かせなかったので乳児だった妹には水を哺乳瓶で飲ませていました。今考えると危ないことしていました。
お礼
回答ありがとうございます! 私が小さい頃にも豆腐屋さんが「ぱ~~ぷ~~」と豆腐を売りに来ていたのを覚えています。 しかしその音もいつからか耳にすることがなくなってしまいました。 少し寂しいですね。 妹さん何もなくてよかったですね^^笑
- mikudon
- ベストアンサー率62% (23/37)
私、昭和37年産まれです。都会暮らしでしたが、春のお手伝いは庭の桜の花びらの掃除でした。夏のお手伝いは、お漬物用の瓜の種抜きや、家の前の道への水まきや、夜の蚊帳はりでした。秋は銀杏の掃除や栗ご飯用の栗の皮むき、冬は餅つき用のもち米洗いや、七輪でゴマを炒ったり、湯たんぽのお湯入れや、カイロにベンジンを入れたり、四季折々のお手伝いをしていました。私の家は昭和58年まで釜風呂だった為に、毎日お風呂を沸かす為の薪をくべるのも私の役目でした。
お礼
四季折々という観点にはっとさせられました。 昔は生活が四季と密接に関係していたのですね。 今は冬にも夏の食べ物が手に入ったりと、季節を感じる瞬間が少なくなってしまいましたね。 日本独自の四季の素晴らしい文化が失われていくのはとても寂しいですね。 「お手伝い」や「生活」について、四季という新しい角度から見ることができました。 大変参考になるお話、ありがとうございました!
- kona-coffee
- ベストアンサー率28% (200/691)
昭和50年代小学生で、 ・お風呂の種火つけ ・窓ふき ・鰹節削り(パックの削り節が少なかった時代です) ・父親の靴磨き ・回覧版をお隣に持っていく ・庭掃除 代表的なのはこんなところでしょうか。。
お礼
鰹節は削るものだったんですね・・・! 今ではパックが当たり前になってしまっていますね。 削りたての鰹節は香りがよさそうでおいしそうですね。 回答ありがとうございました!
- debukuro
- ベストアンサー率19% (3634/18947)
昭和という年代は日本史上最長なので 火熾し(皮膚気だけで ( >Д<;) 火吹き竹で吹く、けむいんだな 挽き臼を回す、重い ゴマ擂り 豆を鞘から出す 芋の子を洗う 米を研ぐ 風呂を洗ってから湯を沸かす、薪か柴を燃やす
お礼
火吹き竹での火熾し、私は体験したことがないのですがとても大変そうですね・・・! debukuroさんは私の父と年代が近いようで、こちらの回答を見て父が、 挽き臼や火熾し、芋の子など、「ああ、そんなのもあったな~!」ととても懐かしそうにしています。 貴重な体験談、ありがとうございます!
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お礼
家電製品や便利なものが増えて、30年の頃から今は大きく変わってしまったんですね。 雨の日のお迎え、「となりのトトロ」を思い出しました。 これも、折りたたみ傘やビニール傘が現れて、無くなってしまったんですね。 赤ちゃんのお世話など、とても大事な仕事も任されていたんですね。 色々なお話、大変参考になりました。ありがとうございます!