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子供の頃のこと
- 子供の頃、家事を手伝っていた経験についてご年配の方の意見を伺いたいです。
- 私は小学校3年生から夕飯の後片付けを一人で担当しており、同年代の子供たちに比べて普通ではなかったと感じています。
- 現在、体調不良のため家族との関係がうまくいっていません。普通の暮らしを求めた頼み事が相手に理解されず、自身がおかしいのか悩んでいます。
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子供のころの話の文章が多くて、今ご両親に何を望んでどんな仕事を頼んでいるのか分からないのですが‥ 頼む事の量が多かったり、出来ない事だったりですか?小さいことを頼んでいるの?
- aoi50
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ご病気でつらいことはお察しします。 でもご両親の70歳という年もお考えください。 弱い人ならば介護をされている年齢です。 気持ちはあっても思うように身体が動きませんし、 子供(あなた様)が病気がちということも、 親にとっては辛いことなのです。 私はあなた様とご両親の間の世代で、いま両親の介護をしております。 自分に10年前の体力があったらどんなに楽だろうと思う毎日です。
補足
ご回答ありがとうございます。 おっしゃりたいことはわかります。 私も両親の体力のことはよくわかっております。 ですから、何かをやってくれというお願いではなく 危ないからやらないでくれとか、きちんとできないので 私がやり直さなくてはならないことをやらないで置いてほしい というようなお願いの方が多いのです。 でも、本人たちはまだ何でもできると思っていて 何でやったらダメなのか、まだちゃんと自分でできるといっています。 実際にやらせると、そんなことはできないといいますけどね。 父はトイレの失敗も多く1日に4~5回トイレ掃除をすることもあります。 母はどういうわけか他の事はだらしが無いのに、糞尿に関してはものすごく嫌悪感を感じるので 見ただけで大騒ぎなのです。 それにトイレがタイルなのでぬれたタイルの掃除は滑りそうで危なくて頼めません。 介護なさっている方に比べれば、たいしたことではないのでしょうが もう20年以上治らない病気を抱えて暮らしておりますと 体力的には年齢以上ですので、わたしにとってはたいへんなのです。 それから、私が病気なのが親にとってつらいのはよくわかりますが、 今まで少しでも元気になるようにと思って頼んだことをことごとくダメだと言われて暮らしてきたのです。 自分の気持ちの中で、子供が病気だということをずっと受け入れることができていないのだと思います。 子供が病気でつらいつらいと思ってばかりで暮れされても、私も悪くなる一方だったのです。 もうそのあたりのことはあきらめましたので、今は何を言われても何をされても気にならなくなりましたが、 体が追いつかない時は、どうしてもやらないで置いて欲しいと思うことができてしまいます。
子供の頃から良く手伝っていたとか・・立派だと 思います。 ただ気になるのは、その事を持ち出して私にも同じ様にやってくれてもいいのに、と思う気持ちです。 ギブアンドテイク と言うのはちょっとさみしいですよね。 病気だからこちらから頼まなくても・・etc とありますが多分良い意味で、自分で出来ることは 自分でやるようにとのご両親の思いがあるとおもいます。 なぜかというと、順番でいうと親のほうが先に彼岸に行くわけなのでそんな思いもあるのかも知れませんね。
補足
ご回答ありがとうございます。 私の質問の真意がよく伝わらない文章になってしまっていてごめんなさい。 昔自分がやったことを、子供にもさせましたか?って言うことが聞きたかっただけなのです。 頼みごとというのは、私の身の回りのことではありません。 自分の食事、洗濯、掃除、買い物全て自分でやっています。 それに今は家族の家事の半分ぐらいは私がしています。 両親の世話も少しはしているつもりです。親の年金の手続きとか、確定申告も私の仕事です。 自分でやれないのは、働きに出て稼ぐことです。 これは、本当に申し訳ないと思っており、少しでも働きに出られるように元気になれそうな事を頼んできましたが聞いてはもらえませんでした。 こちらから頼まなくても...というのは、体調がとても悪くて横になっていたいのに、どうにか体をくりあわせて家事をしていて そんな時、母のお客さんが来るのを断って欲しいといったら、そんな恥ずかしいことはできないといって大騒ぎされました。 こういうことはどちらかというと、調子が悪そうだからといって 先に日にちを延ばしたり、断ったりしてもらえないかなあと思ってしまうのはやっぱりわがままなのでしょうか。 やっぱり、小さい頃から家事を手伝ったことを持ち出して同じようにやってくれといっているという風にお感じになるのですね。 質問にも書きましたが、それは他の家と違うという例としてあげているので、だから家族としての考え方が少しおかしいのではといいたいだけだったのです。 私の母は実際にあったことを例に挙げ具体的に表現しないと 何を言っているのか全く理解できない人です。 例としては、いやみというのは全く通じません。 一般的な話で言いたいことを理解してもらえれば、私だってこんなことは言いたくありません。 でも、他人でもそういう風に捕らえるのだということがよくわかりました。
自戒の意味でも考えてみましたら、「親の心子知らず」の逆のようなことかなと思いました。それともうひとつひとというのは他の人のことはあまりわからないというほうが普通なのではないでしょうか。思いやりなども習慣化されていなければなかなか実際にできないのではないかと思います。特に立場が順繰りになっている場合でも自分がその立場になってはじめて気づくことがほとんどだと思います。私はいまの若い人が歳をとったときどんなことになるのだろうと思うことがよくあります。余計なことですが自分が大切にしているものを大切にすることが最後のよりどころかもしれませんね。
お礼
ご意見ありがとうございました。とても参考になります。 「自分が大切にしているものを大切にすることが最後のよりどころ」ということ、 私も知らず知らすのうちにそうしておりました。 でも、そのよりどころが3ヶ月前に無くなってしまい、今は何にすがれば良いのか探しているところです。 思いやりという件もたしかにご意見通りだと思います。 ありがとうございました。
補足
他の回答者方への補足にも書きましたが、 両親も年齢的に家事がこなせないので、今はほとんど私がやっております。 ですから頼みごとは何かを「して」というものではなく、「しないで」という頼みごとが多いのです。 理由はきちんとできないので後始末がたいへん、またははしごに乗ったりなど危なくて見ていないと心配などです。 体調が悪いときに後始末したり、ついて見ていたりするのは今の私にはたいへんです。 自分でやるのもたいへんですが、少しでも体調のよい時にできるのでそのほうが楽なのです。 おっしゃるように頼むことの量が多いことは確かです。 また、「やらないこと」が出来ない事なのかもしれませんが... 後は体調が悪く横になっていたい日に、お客さんが来るとか、大きな音のするような事をやるとかそういうことを 「今日はかんべんして...」と頼むことが多いです。 これが大きいことか小さいことかはよくわかりませんが... ご回答いただいてたいへんありがたいのですが、 私の質問の書き方が悪く、質問事項は 「子供の頃自分がしていたような家事を、時代や環境が変わっても 自分がしたから自分の子供にやらせるのが普通と思ってやらせていましたか?」ということなのです。 よろしかったら、こちらに関してのご回答を頂けたらと思います。 それ以外のことは、それが普通だと両親が私に言った経緯として書いたつもりなのですが、 説明が悪かったよう申し訳ありません。