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古文の主語を見分けるには?
難関大(文系)を目指している高校2年生です。単語や文法もしっかり勉強し、古文を色々と読んできましたが、人物が多数出てくる物語などでは主語が分からなくなり、途中からストーリーがぜんぜん分からなくなる事がよくあります。古文の主語を見分けられるようになるにはどんな練習をすればよいでしょうか? 主語に特化したいい参考書とかありますか?http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1420089に書いてあるような事は知っていますが(結構当たり前のことですよね)、それでも把握できないことが多々あるのです。回答よろしくお願いします。
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なるほどたしかに^^; 難関校のみならず、センター試験でも、実は、問題作成者のほうが、すでにとっくにネタ切れしていて、どこからほじくり出してきたのかと思われるような、ニッチな文献を出してきてますよね。 作問者の立場も分かる者として言いますと、古文は、文献がこれ以上 「増える」ということはありませんので、出すにも出しあぐねて苦しいのです。 それで、文学史的には全く日陰にあって、岩波の大系にも入っていないような文献を、どこからか探し出してきては出題する・・・そういう傾向はたしかにありますね。 でも、それは、文学史を勉強することの意味がない、という理由にはなりません。 そういった、文学史的に無名の作品というのは、なんで無名のままだったかというと、ほとんどが、著名な作品の二番煎じ、三番煎じで、作品のコンセプトといい、登場人物のキャラといい、ストーリー展開の妙味といい、表現の斬新さといい・・・何を取っても、何一つ目新しく特筆すべきものがない駄作だからこそ、これまで注目されずに来たのです。 ですから、そうした、大学が好き好んで探してくる無名の文献には、必ずといっていいほど、母体になった作品、つまりモトネタがあります。 この「モトネタ」が何かを探り当てられれば、誰も知らないその作品だけに、あなただけが取ったも同然です。 でも、そこに、そもそも「モトネタ」についての知識がなければアウトですよね。 初見の文献を見て、「あ、これは○○物語の焼き直しだ。ということは、この中将とかいうのが誰の代わりで、姫というのが誰の首のすげ替えということだな」というところまで判断がつけばしめたものだということです。 現に、今年のセンター試験の古文でも、「狗張子」などという、受験生は多分見たことも聞いたこともないだろう文献から出題されていましたが、話を読めば、何のことはない、上田秋成『雨月物語』の中の「浅茅が宿」の焼き直しです(まあ、これほど顕著な例も珍しいですが・・・^^;)。 そして、この文章の表現的特徴を述べた文を選択せよという、おそらく勝敗を分ける設問(他は易問でしたから)の、正解の選択肢には、きっちり、「同時代の作品として、上田秋成の『雨月物語』などがある」というヒントが挿入されていました。 文学史を一応押さえた生徒は、この設問をゲットしているはずです。 こういうことが、往々にしてあるのですよ、実際の入試問題には。 大学は、付け焼刃で解法だけ叩き込まれてきたナンチャッテ秀才と、学問的基礎の出来上がった本物の秀才とを見極めようとしています。 いかに「全入時代」と言われる今の進学事情でも、難関校と言われる学校は、その中でもステイタスを保とうとして、学生を選んできます。 忘れないでください、大学は、学問をする機関です。 学ぶことを厭う学生なんか、初めから要らないんですよ、論文書けないから。 そういう意味でも、即決できる法則とか、なんにでも効く特効薬とかを求める癖は、徹底的にやっつけておいてください。 (質問者さんは、質問文を見たところ非常に真面目な学生さんのようですので、言うまでもないとは思いますが) 常識範囲内の文学史的知識は、日本人としての教養でもあります。 幸い、質問者さんはまだ2年生。 時間は充分にあります。 どうか、試験だけ何とかクリアーして大学に潜り込めばいいや、ではなく、是非、入った後のことまで考えて、本当の学力を身につけて堂々と入学し、意義ある学問を修めてほしいと願います。 さて、文学史のことばかり述べて、質問の主旨とずれてしまいました。 古典常識をしっかり押さえておくことは、主語の見分けという以上に、場面の読み解きに欠かせない重要な事項です。 常識的に考えて、誰が誰にこういうことを言うのが自然か、するのが自然か、ということが、やはり、現代の常識を離れた古典常識の中での考察を求められてきます。 たとえば、身分とか位とか、男女の立場とか、親子の立場とか、通い婚を初めとした結婚のありようとか、乳母との関係、乳母子との関係、など、現代の常識では理解しにくい、古典ならではの事情というものが多々あるのです。 これらを無視しては、読解は進みません。 たとえば、敬語法で主語を識別する、と言っても、父親が娘に敬語で喋っている、こういうことを、「親が子に敬語を使うはずがないよね。昔は、儒教の考え方が普及していたんだから、子が親を敬う気持ちは現代よりも強いはず、だから、子が親に敬語を使うのは当たり前でも、親が子に敬語というのはおかしい」と、妙な理屈でやっつけてしまったらそれまでです、一生、正解は出ませんね。 高級貴族に女の子が生まれると、その子は、「后がね」、すなわちお后候補として、「かしづき育て(大切に養育)」られるという、近現代とは別の常識がなくては、発想自体が困難になってしまいます。 父親は、たとえ太政大臣にまで昇っても、一生「臣」の身分ですが、娘は、皇族となって「君」の身分になるかもしれない、もしかしたら次期天皇の母となられて「国母」となられるかもしれない、そういうことを想定して、お育て申し上げる・・・こういう「常識」の素地がないと、たった「父親が娘に敬語で喋っている」という現象すら、読み解くことができないことになるわけなのです。 主語特定に王道はありません。 あるなら誰も悩みません。 本居宣長が、源氏に注釈書を、あんなにまでして書く必要もありません。 ヒット率せいぜい60パーセント程度のことを、さも「法則」らしく受験生に安易に手渡す末端教育者も、私個人としては感心しません。 (毎度毎度、「参考書に書いてあった「法則」と違う!!どういうこと!?」と生徒に苦情を言われるのは水際で受験生に対応している我々教師です。・・・いい加減にしてほしいわ--#) 地道に文献を数多く読み、文学史的素地を固めながら、古典常識を肌身にしみこませていく。 遠回りに見えるかもしれませんが、最も着実にして、実はこれが最短の道です。 応援しております。
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- fumkum
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>古文の主語を見分けるには? 敬語表現で考えるのが一般的でしょうが、それ以外に『「て」「で」で変わらず「ば」「ど」「を」「に」で変わる』というやり方があります。接続助詞の順接・逆接の性格の違いを利用した方法で、予備校などでよく講義されています。主語がはっきりしているところから接続助詞を見ていき、「ば」「ど」「を」「に」の後で主語が変わるという方法です。全てに当てはまるわけでもありませんが、知っておいてソンはないと思います。 古典学習の王道は「読書百遍意自ずから通ず」でしょうか。多くの時間をかけて、多くの古文に親しむことによって意味や主語は自然に分かって来るということでしょうか。でも、難関大を目指しているとなると古文に多くの時間をかけるのは無理かな? 以上、参考までに。
- miirumatsu
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下は、以前、同じようなことを質問された方へ、私が回答したものですが、参考になれば。 単語が習得できていて、助詞や助動詞の意味と用法が分かっている、敬語法の素地もある、という程度の古文習熟度の人が「主語がつかめず、内容が取れない」という場合、ほとんどの原因は、文学史と、古典常識の欠如にあります。 文学史を、「文学史の設問を解くためだけの知識。最悪、その問題で3点やそこら落としても・・・」と考え、後回しにしていませんでしたか? 授業中、教師が、古典常識的なことを話していたとき、「余談だ」と思って、耳に蓋をしていませんでしたか? 実は、この二点こそが、最終的に、難問クラスの古文を読解する鍵になるのです。 やや語弊を含む言い方になるかもしれませんが、短大などの平易な古文を読ませる入試問題の水準ならば(説話等)、文法と単語の基礎さえあれば何とかなるのです。 無知文盲の民草に、分かりやすく説法してあげるのが説話ですからね、分かりやすくて当たり前。 でも、難関校は、さすがにそういう文献は出してきませんね。 日記とか、人物関係の複雑な物語(最たるものが「源氏」!)とか、ある程度、文学史の素地がないと読めないものが圧倒的に多いわけですよ。 日記なんか、分かりやすくてたまるもんですか、本来、自分にだけしか分からないように書いてあるものなのに。 それだけに、出典を見ただけで、ある程度、登場人物とその人物関係、文献のおおむねの内容に見当がつくくらいでないと太刀打ちできない、というのが現実なのです、初見でやっつけようなんて無理な話。 遠回りに思われるかもしれませんが、模試や演習問題で、文献に当たるたびに、一つ一つ、地道に、文学史的知識をインプットしてみてください。 たとえば、何かの模試で「蜻蛉日記」からの出題があったら、それがいつの時代の誰の作品か、登場人物は?日記の内容は?筆者の親戚や先祖、子孫は?と、いちいち調べて、メモにとるのです。 そうしているうちに、著名な文献同士が相互に頭の中でリンクしてきて、知識が立体的に形を成してきます。 主語特定には敬語法の応用は王道ですが、それでも主語が混乱して文章内容が分からなくなってしまうような文章については、その文章に関する基本的な情報を持っているかどうかが勝敗を決します。 難関大を目指すなら、その水準で考えておかないと、いずれにせよどこかで行き詰まることになります。
補足
非常に参考になりました! でも中には文学史の参考書にも出ていないようなマイナーな出典もありますよね? そのような場合は良い対策はありますか?
- suunan
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わからなくなった地点で立ち止まって、わかるまで考えましょう。 キャラクタを書き並べて、主語としてあてはめて脈絡が 成り立つか全部ためせばよいのです。
お礼
ご親切にありがとうございます! スッキリしました! 暗記が得意なので、文学史が古文読解の突破口であるのは非常にありがたいです。