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セクハラ・裁判・精神病・家族への影響とは?
- セクハラや裁判・精神病で悩む私の体験談と家族への影響をお伝えします。
- 私のセクハラ訴訟の現状と家族の反応についてお話しします。
- 夫や家族がセクハラや精神病に対してどのようなサポートをするべきか考えてみましょう。
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事例は違いますは、DVから冷遇を受け今もそのトラウマを抱えて生活しています。 DVでの環境で子どもも育つ結果になり、自分はトラウマと言う感性は持てますが、子ども自身は何でトラウマで自分が苦しむのか理解できず、何をどう対応してよいのか、自分の現実も分からないまま成人になりました。 幼児期心の傷(虐待は一生の心の奥深く見えないが)が今も襲う苦しみを子どもは、何をどう対処してよいのか、分からない同じ様に、自分はどこで何をしているのか分からないままの自分自身と戦う多分質問者さんと似ている状況ですが、同じ傷を持つ親子故に、放置どころか一生寄り添う関係で行かねばならないと、覚悟は出来ています。 質問者さんは、苦しい心情をどう乗り越えて来れられたのか、これは経験をした者でないと回答を求める事は難しいと考えます。 同じ境遇でいる親子でも症状思いは間逆ですし、発症する時期タイプも違うなど、トラウマを持ち方も違います。 質問者さんに申し上げたいのは、経験者でない人に救いを求める事が既に無理な話としか言えません。 同じ傷を持つ人しか理解できない世界と言うべきでしょうか。 ましてや、苦しんでいる人を支える心は相当なゆとりを持てる人材でないと無理と言う事です。 ホスピスで明日亡くなるかも知れない人の支援を思えば少し理解できると思うんですが、その時その一瞬を支援するしか出来ないのもホスピスでの関わりです。 何時亡くなるか分からない状況を共有する心のゆとりをどれだけの人が持てるか、心の苦しみは、理解が出来ない人には、理解不能な世界をとも言い換えれませんか。 こない旦那を求めるのではなく、いけないで当たり前の話と思うんです。 どう対処していいのか分からない人に何を求めるか、天パルしかないそれが実情と思うんです。 苦しい事から這い上がれてこそ、苦しかった自分を見つめれるそれも相当な自己投資をして心の愛情補給もして始めてゼロ地点です。 ゼロの人と、何もかも旨く事が運んでいる人を比べるなら多分プラス100位と雲泥の差と言う例えが良いでしょうか、質問者さんはマイナス100までのどん底状態をやっとゼロ地点まで来れた位かも知れません。 人の立場なら、どん底を見た人と知らない人にどん底はどんな物かを幾ら話しても通じない世界。金持ちが、貧乏人の生活を理解出来ない、そんな例えで言う話で、現実を知らない者には、絵に描いた餅、実際食べて見て美味しいかどうかの理解が出来る。 具体的な例で挙げましたが、旦那に支援を求めるのは難しいと言いたいのです、現実が理解出来ない人には空論でしかないと言うべきでしょうか。 最後は自力で這い上がるしかないのも、心の病気を持つ者から遭えて言うならアドバイスです。
お礼
私も同じような環境の中で育ち、被虐待児です。 だから例文もよくわかります。 そうですよね、どん底を見た人にしかどん底はわからない 私はきっと「家族や親」を主人に対し求めていたんだと思いました 得られることの無かった、居場所である家庭や守ってくれる親が。 でも間違いですね・・ 自力で這い上がるしかありませんね、今までそうだったんだから。 ありがとう 適切なアドバイス本当にありがとう