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宮城県北・岩手県南 黄金街道について

宮城県北の涌谷、志津川、気仙沼、岩手県南の一関、平泉などが黄金街道と呼ばれているのは、かつて国内有数の金の採取地だったとききますが、それについて詳しく知りたいと思っています。 何か資料となる郷土史などの書籍類やwebサイトをご存じの方あるいは、ご自身がお持ちの知識でご解説いたける方などいらっしゃいましたらご回答ください。

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  • dereku
  • ベストアンサー率22% (66/294)
回答No.2

御存知の通り涌谷・小牛田付近で産出された金が東大寺の大仏や中尊寺の金色堂に使用されました。其れを運んだためです。志津川・気仙沼はもう一つの産出地・現在の栗原市金成を通らず迂回して平泉に運んだのと海路都に運んだため、あとは輸出です。南米で同じ成分の黄金の宝飾品があり、使用法もよく似ています。蛇足になりますが、坂上田村麻呂の奥州征伐もこの金脈が目的だったとされています。源頼朝も本当の目的は金だったでしょう。

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回答No.1

明石散人著 講談社『謎ジパング』はご存知でしょうか。 URLは長すぎて添付できません。 「東経141度線になぜか金鉱床が並ぶ」 これをキーワードで検索してみてください。 http://www.miura21.co.jp/syaro.htm

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