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教育における 「総合・生成主義」「分析・練成主義」について
教育における 「総合・生成主義」と「分析・練成主義」について具体的にどいういことか教えてください。分かる範囲で結構です。お願いします。
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率直に言いまして、これだけでは、分かりません。どなたかが、こういう用語で教育の方法を分類しているのかも知れませんが、背景情報がなければ分かりません。またあっても、特定の意味で使っている場合は、その用語を使っている人の著作などを読まないと分かりません。 ただ、これらの言葉の語感から、もしかして、こういうことなのでは、というのはあります。それを記して見ますが、間違っているかも知れません。 >「総合・生成主義」と「分析・練成主義」 このように対比的に提示されますと、ルドルフ・シュタイナーの教育方法、シュタイナー学校での教育方法が考えに浮かびます。 シュタイナー学校は、通常の公教育のカリキュラムとは,相当に異なる教育課程を設定しています。その特徴として、毎年,担任が代わるのではなく、担任は一度決まると、9年とか12年とか、義務教育などの教育期間全体を通じて、一貫して同じ人が担任を務めます。 担任の人格と、生徒の人格のあいだの「全人格的相互作用」を前提に、単に、知識を細切れにステップにして教えるのではなく、知識も倫理も、人間としての感情の持ち方も、世界や自然の捉え方も、実際の実習を通じて、生活にある程度密着した形で、学習というか、経験して行きます。 こういう教育方法は、分析的ではなく、総合的だとも言えます。そして、シュタイナー学校で学んだ児童・生徒と、一般のカリキュラム教育で学んだ生徒を比べると、学業成績は、後者の方が、ずっと良いのが普通です。 学問や知識を分析で、ステップに分け、これを段階を追って学習させることで、生徒の学力などを「練成」して行くのが、一般のカリキュラム教育だとも言えるのです。 シュタイナー学校の方式は、全人格教育で、人格の陶冶を通じて、知識や学力も身について来るという考えで、教養と知識があり、人格的に成長した生徒を、練成して行くというより、生徒の個人個人の発達の過程のなかで、教養や知識や人格が、生成されてくるのを、待つということになります。 学業成績では、シュタイナー学校の生徒は、最初は、一般教育の生徒に比べ、発達が遅いですが、9年なり(または12年)の教育の段階の終わりに近づくと、急速に学業知識の成績が上昇してきて、ある年齢、つまり、この9年(12年)の終わりには、普通のカリキュラムで学んだ生徒と、同じような成績になります。 学業成績を、普通のカリキュラムでは、練成で、積み上げて行くに対し、シュタイナー学校の教育方法では、全人格的成長の結果、学業知識も、おのずから総合的に生成されてくると言うような感があります。 シュタイナー学校の教育方法は一つの例で、フランス革命の時に採択された、国民一斉義務教育制度が、カリキュラムで、学業知識を練成して行くに対し、人格的接触を通じて、知識が展開して行く、裕福な家庭の個人家庭教師制度などが、あるいは、総合的生成的教育の別の例なのかも知れません。
お礼
わかりにくい質問に、丁寧にお答えいただきありがとうございました。何となく輪郭がつかめてきました。もう一度勉強しなおします。ありがとうございました。