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世界史に関してはあまり知識がないのですが、ずっと思っていた疑問です。
1,588年にスペインの無敵艦隊がイギリスに負けましたが、何でたかがこのことぐらいでスペインは急速に衰えたのか? 戦争に負けるのは確かに大打撃ですが、当時ヨーロッパ最強のスペインがこのアルマダの海鮮以降フランスやイギリスに比べ、ほとんど歴史に出てこなくなるのが個人的にはものすごく疑問です。
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アルマダが負けたのが、スペインが衰えた事の主な原因ではない、というのは、既に他の方が回答されたとおりです。事実としても、アルマダが敗れた後も、スペインは強国でした。(ウィキなんかに、アルマダが「スペイン衰退の予兆となった」と書かれているのは、逆に言えば、直接&間接を含め、国際的な力関係をスペインにとって不利にした要素は少ない、と意味でもあります。) 因みに、英国側の見方(それも、かなり伝統的=ナショナリスティックなもの)でも、アルマダを破った事は、「当時のイングランドに比べて圧倒的な強国だったスペインの侵略を阻止し、プロテスタント国家としてのイングランドを守った」祖国防衛の戦いとしては重要視しますが、後に海上覇権を握る事になった決定的な勝利、とは考えません。(英国の海上覇権の確立は、清教徒革命、スチュワート朝、名誉革命ぐらいから語られる事が多い。) じゃ、なんでスペインが歴史に出てこなくなるかというと、それは、教科書とか、一般人向けの、長い年代を対象にした通史では、限られたボリュームの中で世界史を語ろうとすると、「時代の流れを掴む為には、流れの中で先行した国や、後に大国になった国が優先される。既に大国になっているが、衰退していく国は無視されがち」というバイアスが掛かるからです。その点英国は、絶対王政→市民革命と先行したし、第一次大戦前には圧倒的な大国になりますから、それ以前についても、より詳しく説明されます。フランスも、フランス革命が世界に与えた影響は巨大ですし、植民地獲得競争でも英国のライバルでした。 でも、スペインは、世界史の教科書なんかでは、まずレコンキスタがあって、中世末~近世ではアメリカ大陸征服、フェリペ二世がポルトガル王を兼ねた(1580年、『太陽の没することなき帝国』)までがピークで、そこまでは主役級だと思いますが、その後は、オランダ独立戦争の相手方、30年戦争の中の一方の旗頭、スペイン継承戦争では紛争の種であり一プレイヤーなどと、どっちかというと脇役になってしまっていると思います。 実際には、アルマダの敗北(実際には、スコットランド&アイルランドを回ってスペインに戻る時に悪天候で失った船も相当ある)は、まさにその絶頂時に起きた出来事で、たしかにアルマダが勝っていれば、イングランドもカトリック国に戻り、オランダも独立できず・・・、とスペインの覇権はもう少し続いたかも知れませんから、アルマダの敗北に世界史的な意味はない、と迄は言えないですが、さりとて、これでスペインが急に凋落したわけでもありません。艦隊を失った→多額の金を失った、という以外は、直接的な被害はあまりなく、まして、それまで得ていたもの(例えば領土)を失った訳でもありませんでした。 アルマダがわざわざ世界史の教科書に書かれるのは、どっちかというと、イングランド史の一部、と考えた方がいいんじゃないか、と私は思います。いずれにせよ、世界史の教科書や一般人向けの通史では、ある国の話題が出てこなくなった→その国が衰えた、という訳ではありません。 蛇足ですが、「Fleet in being」は、「艦隊は戦わないで安全な港にいるだけで、敵の戦力の一部をそれに備える為に割かせる事が出来る」(よって、戦わないで温存した方が効果的)という、軍事上の発想の事を言うのであって、「自国商船の保護の為に艦隊が必要」という意味ではありません。
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- mulciber
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フリート・イン・ビーイング「Fleet in being」です。
- eroero1919
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フリート・イズ・ビーイングという言葉があります。日本語では艦隊現存主義と訳されます。一言でいうと、「海軍は、軍艦が現存するから意味がある」という考え方です。 海軍の本来の任務は「自国の商船隊を海賊や敵国の海軍から守る」ものです。海上輸送は陸上輸送に比べてコストが1%で済むといわれています。もし中東の石油をタンクローリーで日本まで運ぶことを考えたら船がいかに「大量に、低コストで」輸送できるかが理解できると思います。 自国の海軍がなくなれば、もはや航海の安全は保証されません。商売は滞り経済は大ダメージを受けます。今の日本が例えば海上輸送が一切安全でなくなったらどうなるでしょう?食料も輸入できませんし、石油などの燃料も輸入できません。ものすごいインフレが起きて国が破綻しますね。 古来、海戦の結果が歴史の流れや戦争の帰趨を大きく変えることは数多あります。サラミスの海戦しかり、レパントの海戦しかり、日本では白江村の戦いがあります。 スペインの没落については他の回答者の方が的確に回答されていますが、やはり銀を輸入するばかりで自国の産業を振興できなかったのが大きいでしょうね。近代国家としての基礎体力がなかったので没落の坂道を止めることが出来なかったのでしょう。
- nacam
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アルマダの戦いは、スペイン衰退のごく一部にしかすぎず、その他にも数多くの理由がありました。 当時のスペインは、ヨーロッパ最強国家で、スペイン本国とその植民地の他に、ポルトガルとその植民地、ネーデルランド(オランダ、ベルギー・ルクセンブルク)、フラッシュコンテ(アルザス、ロレーヌ)、南イタリア(ナポリ、シチリア、サルデニア)、北アフリカ(セウタ、アルジェなど)を領有し、オーストリアと友好関係にありました。 そのため、各地に敵がおり、フランスとはカルロス1世の時代から天敵であり、オランダでは独立派と戦争中、イギリスのエリザベス女王とは犬猿の仲、ドイツ国内では、新教徒諸侯やデンマークやスエーデンと敵対中、地中海では、トルコと戦争中という状況でした。 ローマ教皇でさえ、スペインり力を恐れて敵対行動に出る事もありました。 アルマダの戦いは、オランダ独立派を支援するイングランド懲罰のために行われた、当時のスペインの戦いのごく一部でしかありませんでした。 スペイン本国とネーデルランドとは、海路で結ばれており、敵であるフランスやイングランドの間を通るため、すぐにこの方面の海軍は、復活します。 しかし、北方艦隊の復活のために、一時的にスペインの主たる植民地であるアメリカ方面の海軍力が低下し、そのためカリブ海などで、海賊が活発化し、一時的にスペイン本国への銀の流入が減少する事になります。 そのため、常時多量の軍を抱えているスペインは、しばしば債務不履行となり、翌年以降の新大陸からの銀を担保にして、お金を借り、その場をしのぎます。 それを繰り返したため、ついには新大陸からの銀は、ほとんどスペインを通過するだけになってしまい、一挙に国力が衰えて行きます。 また、当時のスペインでは、併合したポルトガルは、常に反乱の危機にあり、カタルーニャは、王家になかなか従いませんでした。 この事も、スペインが全力で対外に対処しえない原因でもありました。 また、スペインの植民地は、本国延長型の植民地で、植民地で必要とされる物は、ほとんど本国スペインと同じものでした。 スペインが植民地の取引を、本国のみしか認めなかったため、植民地で当初必要とされた物は、全てスペインからの輸入で、かなり質の悪いものでも植民地かなりで売れたため、スペインではインフレが進む一方、質的には悪化してゆきました。 そのため、植民地が自立するようになると、必要な物は植民地で自給できるようになり、質の悪いスペイン産を避けて、他国の良質な製品を求めて、オランダやイギリスなどと密貿易を行うようになります。 (カリブ海の海賊は、海賊行為よりも密貿易で利益をあげていました) スペインの国力は、益々衰え、スペインは、植民地からの銀に依存せざるをえない状況に陥りますが、それはほとんど借金の担保となり、スペインを全くうるおさなくなってしまいます。 その中で行われた30年戦争により、スペインの没落は、決定的となりました。
- sudacyu
- ベストアンサー率35% (687/1961)
No2.の方のご指摘のように、スペインの経済力が大きく低下し、イギリスに及ばなくなったのです。 無敵艦隊の敗北は、その底流が表に現れた非常に分かりやすい事件と言えます。 スペインの経済力低下の原因は、カトリックを信奉した国王が、新教徒を弾圧し、商工業者の主体であった新教徒が、イギリスなどに逃げ出したからです。 この背景には、新大陸から大量の銀を手に入れたスペインの経済に対する勘違いがあったのです。 当時のヨーロッパでは、十字軍によって人・物の移動が活発となり、その決済のための共通の通貨として銀貨が使用されていました。 この銀を大量に手に入れたスペイン王は、その財力でヨーロッパの覇権を握り、そして経済力に対する自信が、商工業者の多い新教徒に対する弾圧につながったわけです。(商工業者が外国に逃げて税収が減ったとしても、それを上回る銀が新大陸から入ってくると思ったのです。実際に、新大陸から送られてくる銀の量は、毎年どんどん増えていました。) ところが、多くの銀が毎年持ちこまれ(倍々ゲームのように急増します。)、ヨーロッパの生活物資の生産量増加をはるかに上回る量の銀が急激に持ち込まれるようになったので、銀の価値が低下(価格革命=銀貨が増えたので一種のインフレーションが起こりました。)、銀が二倍持ち込まれると、銀の価値が二分の一ちかくになるという現象が起こり始めたのです。 当時のスペイン人は、銀を二倍手に入れれば二倍豊かになると思っていたのですが、そうではなかったのです。 銀を食べることも、着ることもできません。消費物資の生産量が増えないのに銀の量だけ増えても、物の値段が上がり銀の価値が下がるだけ。結局、商工業者の逃げていった先であるイギリス・オランダなどが急速に経済力を伸ばすことになり、スペインの国力は低下の一途をたどりました。
- outerlimit
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敵いそうも無いと思っている間は だれも歯向かいません 勝てそうだと思われたら、それまでおとなしくしていたものも主張してきます 日清戦争然り日露戦争然り 日清戦争で 清が日本にてこずり叩きのめすことができなかったので 西欧諸国は、かさにかかって清に侵出します(日清戦争では清本土での戦闘や占領ははありませんでしたから判定勝ちです) 今のマスコミを見れば判るでしょう 元国土計画、元Livedoorの経営者 意気盛んなときは、みなお追従でした 落ち目になると、手のひらを返したように追求攻撃しています 今の感覚で判断すると、受け取り方を間違えます 当時の常識を想像して推測することが必要です それを怠ると 重大なことを些細なことに 些細なことをさも重要であったかの様に受け取ってしまいます インカやマヤを滅亡させたスペイン人の侵略者(キリスト教の布教者とも言う)は2・3百人の武装集団です
- a-koshino
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スペインは2年で艦隊を再建し、アイルランド遠征などを行なっています。 ただ、そのために新大陸の富をつぎ込んだせいで、財政が借金まみれとなったのは事実です。
- insider007
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単なる象徴事件です。 産業革命で急速に国力を伸ばしているイギリスが覇権を唱え始めていた背景があり、無敵艦隊が負けなくてもスペインはどの道歴史の裏舞台に落ち始めていました。 日本海軍のミッドウェー、南北戦争のゲチスバークなど後世の結果を説明しやすくするためのターニングポイントにしているだけです。
- yakyutuku
- ベストアンサー率14% (267/1890)
私掠船ってご存知でしょうか?当時国家公認の海賊がいっぱいいました。国家の公認を得た海賊は敵国の船を襲うわけです。エリザベス女王も私掠船を作って儲けてました。彼らは陸にパトロンを持つものもいましたが、船長が自分で船を持つものも多くいました。このイギリスの私掠船に怒ったのがアルマダの海戦の理由の一つですが、それで戦争をふっかけて負けたわけです。このニュースが伝わると、世界の私掠船はいっせいにイギリスにはせ参じ、スペイン船を襲うわけです。スペインの国力の源泉は新大陸。でも新大陸から富を持ち帰る船がことごとくイギリス系海賊に襲われるのです。これではたまったものではありません。